よい一日

 よい一日だった。よい一日の要件とは?
 わからない。再現性があればもっといいのに、とも思う。さいころを振り続けよと神は言う。「今はまだ。」
 天気はうっすらと曇り空。気温は26度。隅田川沿いの道を歩く。紫外線でじりじりと肌が焼ける。風はまだ少しだけ冷たさを保っていた。しかし熱風へ変わる萌芽を感じる。
 隅田川は青黒い流れ。遠くのビル・マンション群が天を衝く遺跡めいていた。神の怒りに触れたあの塔みたいにグロテスクなほどに巨大な、人間が作り出した集合住宅。神々の住まう町だと言われても1000年後なら納得するかもしれない。投石と棍棒で戦う第三次のあとの話。
 シュナウザーを連れたおじさんがのんびり歩いている風も巻いている。女性二人が並んで笑い声が鈴のように転がった。ギターの練習をする青年に潮風が吹いた。ロンパースの赤ん坊が驚くべき速度でくさはらを駆ける。歩道に錆びた青い星が落ちていてそれを拾って手すりに置いた。のどかで平和で豊かで時間は永遠性を帯びて間延びし不安なんてこの世界にはないようだった。
 鳩を蹴散らすおじさんが鳩を蹴散らしていた。世の中には鳩に餌を与える人間もいれば鳩を蹴り飛ばそうとする人間もいる。鳩蹴散らしおじさんはあの町では時空の歪みのような役割を果たしていた。特異点のようなものだった。
 よい一日だった。
 ずっと前からずっと建設途中のマンションや、枯草の吹き荒れる建物と建物の隙間や、ひと気のなくなった町は静かでうつくしく滅んでいくようだった。無数の人間が住んでいるはずの灰色のマンションには洗濯物が乱雑に干してあるけれど人間の気配はしない。太陽の光の当たらない湿った路地裏は異国のように寂しげで息を止めていた。
 とても暑かったのでそれほど快適だったわけでもないのによい一日だったのはなぜだろう。焼き肉を食べ、喫茶店でミルクティーを飲み、それから町の中を歩き回った、ただそれだけのことが心地よく感じられたのは一体なぜだろう。おそらくひとつでも違う要素が入り込めば結果は違うものになるのだと思う。それとも、わたしの幸福に通底する要素が今日の中に潜んでいたのだろうか? それをはっきりさせることが重要なのかもしれないけれど、きっとそれには再現性がないのだろうとも思う。
 今日という一日は二度とやってこない。
 でも、よい一日だった。