子供のころの腕時計

 人生で一番高い買い物は、たぶん、子供のころに買ってもらった腕時計だと思う。
 ぼくは小学五年生で、家でゲームばかりしている世間知らずのお子様で、けれど周囲の大人たちはぼくを「大きくなった」と言い始めたころ。
 たぶん映画か何かの影響で、ある日突然、ぼくは腕時計がほしくなったのだった。
 ぼくは「そろそろ腕時計をしてもいい歳ではないか?」と考えたわけだ。
 小学五年生なら腕時計をつけるべきではないか? ぼくはまだ子供だけれど、腕時計をすることで大人に近づいた自覚が生まれるのではないか? というか“そういう自認”を少なくとも大人に示せるのではないか? みたいな小賢しいことも考えたと思う。
 それでお父さんに「腕時計がほしい」と伝えたはずだ。
 お父さんは、もちろん渋った。
 お父さんは腕時計をする人間ではなかったし、子供には腕時計なんて必要ない、と考える人間だった。
 でも、どこでどうなったのか、ぼくはお父さんと腕時計を買いに行くことになる。
 どうしてそうなったんだろう。お父さんとお母さんの間で秘密会議が設けられたのかもしれないし、ただ単におとうさんの考えが変わっただけかもしれない。ずいぶん前のことだから、くわしいことなんて覚えていない。
 しかし、ぼくとお父さんは、自宅から20kmも離れているホームセンターに車で向かい、廉価な腕時計ばかり並んでいる小さなガラスケースを前にして、小学五年生向けの腕時計を選ぶことになった。
 ガラスケースの向こうには販売員のお姉さんがつまらそうに立っていて、虚空を見つめていた。
 父が「あれはどうだ」とか「こっちがかっこいいんじゃないか」とか、いろいろ薦めてくれた。買い物を楽しい体験にさせようと、不器用丸出しで頑張ってくれている。繊細だったぼくは、そのような気遣いが手に取るように理解できる。
 ぼくは、ガラスケースの前で赤面しながら、もじもじとTシャツの裾をつかみながら、うつむいているばかりだ。
 腕時計の良し悪しなんてわからない。自分に合う腕時計? そんな指針なんて持ち合わせてはいない。ただただ「腕時計がほしい」という漠然とした希望のもとに売り場を訪れ、自分の欲求を定義することのできない所在なさ情けなさを、子供ながらに痛感している。しびれを切らしたお父さんは、少しずつ腕時計に興味を失い、今日はもう辞めにしようかと気を遣いはじめる。そうして他人の感情のリソースを無駄に消費させてしまうことに後ろめたさを感じてまたぼくは一層落ち込んでいく。かなしみさえ感じている。でも、こうしてせっかく遠路はるばる買い物に来てくれた、その行為をここで無駄にすることもまた忍びない。選びきれなかった僕は、父が進めてくれた腕時計のひとつを、ほとんどやけくその気持ちで選び、買ってもらった。悩んだり疲れたり気を使ったりするのに疲れたから、楽になりたいという気持ちで選んだに過ぎない時計。
 今でもはっきり覚えてる。カシオのデジタル時計で、バンドは布製、プラスチッキーな金色のラウンドフェイスで、竜頭の付近に小型のフラッシュライトがついている玩具みたいな腕時計だった。ボタンを押すと、赤い光線が出て、ぼんやりと暗闇を照らすことができるという、今考えると奇妙な時計だった。赤い光線が出る、という機能を、ぼくはほとんど憎悪してすらいた。あまりにも子供っぽい機能だったからだ。大人っぽさのある種の象徴として腕時計を選んだのに、大人が薦めてくるのは「子供らしさ」を助長する代物であることは、どこかファニーなすれ違いであるように思う。今考えると、それはお父さんの愛だったんだろうけれど。だってSEIKOのメタルバンドの三針モデルを小学生がつけていたら、それはもう違和感しかないものな。
 たしか、3980円くらいだったと思うのだ。
 全然、すこしも高くなんかない。
 しかし、その頃のぼくには、とても高価な買い物に思えた。小学生がおいそれと買うことのできる値段ではなかった。
 生まれて初めての腕時計。今まで手にしたことのない、大人が使う道具を、ぼくはすでに持っていた。
 これは、値段の問題ではない。ぼくがどれほどの価値を感じていたのか、そういう話しだ。
 帰りの車の中で、お父さんはぼくの腕時計をにやにやしながら眺め、「いいじゃないか」と言った。
 ぼくは赤い光線で意味もなく車内を照らしながら、それでもたしかに大人に近づいた気持ちになっている。
「お父さん、ありがとう」とぼくは言う。
「おう」とお父さんは言う。「大事にしろよ、良い時計なんだから」
 いい時計、なんかでもないのだ、本当は。
 でもその頃の僕には、誇りだった。

 ぼくはそれから何度か腕時計を変えた。
 いわゆる高級腕時計から、ビレバンで売ってるスヌーピーの腕時計まで、色々なものを使ってきた。
 けれど、あの日お父さんが買ってくれた時計より高くて貴重な腕時計は、まだない。
 きっとこれからもないと思う。
 

今週のお題「人生で一番高い買い物」