うごく水たまり

全身を駆け巡る言葉

さいごにのこされた10分

 本日最後に残された最後の10分で文章を書こう日記のような文章を。
 生きているから疲れて疲弊し消耗している。右脳だけしんみり痛い。今日も今日とて休日で、何をしていたかと思い出してみるとたいしたことはしていない。明け方まで起きていたから昼に昼寝をして、それから本を読んだりした。そういえばメイドインアビスの最新話を見ようとしたけれど、例の最強の眠気が来て、目を開けているつもりなのに意識を失っている状態になって「これは無理だ」となっておとなしく寝た。この激しすぎる睡魔は回避が不可能で(何しろ覚醒状態と睡眠状態を隔てる壁みたいなものがなくなる症状なので)、そのことを思い返してみるといつもちょっと面白い。どのようにして覚醒から睡眠へシームレスに移行しているのだろう? でも思えば睡眠の本質とは常にそのようなものだったかもしれないな。生まれた時から。
 ここ数日は何故か元気が多少あり、本も読めているし絵も書いているし、部分的に文章も書いてはいるものの文章の出来があまり自分で気に入らないので気に入らなくてもいいやってなるまで放っておくことをしていたら状態異常は治ってきた。寝たり、時間を置いたりすることはやはり有効であった。最近読んだ本は『現代思想入門』千葉雅也著、『アニマンラスト』田中達之著、それから今読みかけているのが『ライティングの哲学』千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太著で、著作者の名前を調べているうちにさいごの10分が終わった。
 さいごの10分。これが外黒の最後の10分かあと思って何かさみしい。一分一秒は一期一会というか、今この瞬間は二度と来ないのでこの最後の10分は本当に最後の10分で、二度と外黒の目の前には現れないものである。そう考えると目が俄かに冴える。
 外黒は今日、先輩と焼き肉に行った。その話はまた今度にしよう。