シン・生活

 新大阪行きの新幹線の中でこれを書いている。

 無職日付というものがあり、これは社会の日付とは切り離された各無職が個別に持っている日付である。無職の元旦から始まり、無職が終わる日まで無職日付は続く。

 無職2日目。予定通り3回目のワクチン接種に向かう。変異株対応のワクチンで、接種会場は我が家から歩いて30分ほどの繁華街の駅ビルの最上階の、屋上の端っこの、さらにフードコートの端っこにある目立たない特設会場だった。ぼく以外には接種を受ける方が一人しかいなかった。ぼくともうひとりのおじさんは、なんだか化け狸の運営する遊園地に並んでいる人みたいだった。非常にシステマチックではあるけれど、人の気配もないし、そこにいる人たちも人間らしくなかった。腕に注射をちくりと刺されて、待機室で20分くらい待っててくださいと言われる。パイプ椅子が並んだ待機室で、おじさんとふたりでぼうっとしている。壁際に置かれた暇つぶしのためのサービス・テレビには、何故かハワイの原住民の方の思想などが語られる番組が流れていた。空も海も青いハワイと、パイプ椅子の並んだ無機的な待機室の虚無が際立つ。熱が出るに違いないと予想してドラッグストアで一番高いバファリンを買った。大人しく帰宅して検温すると36.9℃だった。うちの体温計はいつも36.9℃くらいの数値が出るから、平熱だった。筋肉痛様の症状は接種の1時間後くらいからすぐ出始めていたが、熱は全く上がらずほとんど健康なので、体を休めるためゲームを13時間やった。身体中がばきばきになり、首、肩、腰、手首、尻、目など複数箇所に激しい痛みがあったが、13時間ゲームをするといつもそうなるので健康だった。ちょっと目を休ませようとベッドに横になった途端に意識が途絶え何も感じられなくなった。

 無職3日目。ワクチンの副作用は最短でも3日程続く。ワクチン2回目で39.6度の高熱が出てそれくらい続いたのが根拠である。かなり苦しんだ経験があるから今回も備えを万全にし、ポカリ8リットル、冷凍パスタ3個、カロリーメイトゼリー20個、フルーツグラノーラ800g、牛乳1リットル、パイの実ファミリーパックなどを用意してある。全て簡単に食べられて保存が楽で栄養価が高い食物である。無職3日目は2日目に引き続き熱もなく筋肉痛様の症状があるばかりなので、ガンエボを10時間くらいやり、vtuberを5時間くらい見てパイの実を食べ、食欲も普通にあったのでUberでマックのセットを2人分頼んで1人で全て食べた。運動は副作用を引き起こしやすいので外に出ず、脱水症状を防ぐためポカリスエットを飲みまくり、美味しいのでパイの実を食べ、ゲームをし、読書をし、体を休めることに専念した。ここで調子に乗って遊びに行ったりすると熱が出るものである。

 無職3日目。今、新大阪に着いた。お尻が痛い。

 無職4日目。0:02。友人宅でこれを書いている。友人は風呂である。見知らぬ部屋、見知らぬ町。そこに住んでいるのは人間だ。様々な人間の様々な話。ここでのお話は関西弁。

 大阪の通りは筋と呼ばれている。御堂筋。なんば、梅田、飛田新地を案内してもらった。のんばはSF感のあるビルの壁一面の広告が面白かった。梅田は女神転生の地下ダンジョンのような怪しい飲み屋が延々と続く町。飛田新地はテレビでしか見たことがないような遊郭の文化が残っていて大変勉強になった。おそらくあの文化は消滅するだろうと思う。でも、だからこそ見られて良かったと思う。あの軒先の小部屋に、ピンクの蛍光灯でライトアップされた人形のような女性と、通りかかる人達全てに声をかけるおばちゃんたちの手招きは衝撃だった。まるでフィクションのような通りだ。スマートボールを手で弾いて100円分の巨大ビー玉は全て暗闇に呑まれた。大阪こそレトロフューチャーが凝縮されている。観光ガイドには載ってない裏大阪を存分に案内して頂いて、すっかりくたびれた。

 無職なのにこんなことしてていいんだろうか、という思いと、無職だからこそやるべきだという思いと、ふたつ我にあり。