しずかな雨の日の日記

 目が覚めると自宅のベッドの上です。部屋のすべての照明が点いていて、PCのモニタも点いていました。モニタにはAmazonプライムビデオの新しいガンダムのアニメが映っていました。
 どうやら観ている途中で眠ってしまったらしいのですが前後の記憶がはっきりしません。
 時計は午前3時を指しています。
 歯磨きをしないとな、と思いながらタオルケットを手繰り寄せました。その時ぼくは何故か高校二年生になって季節は夏で、実家の自室のベッドに寝転がってぼうっとしています。強い西日が窓から入ってきて部屋の中は不吉なオレンジ色で染まっていました。テレビも壁も天井もテーブルもすべてがオレンジ色でした。とても眠く、そしてその眠気は不快ではなく柔らかく甘く幸福な眠気です。心地よい眠りというものをほとんどはじめて味わっていました。
 だからよい眠気の印象はいつも高校二年のベッドに紐づいているということです。よい感じの眠気が来た時、自分が高校二年生なのか大人なのかよくわからないの。
 そういえば高校の先輩に「たけぞう」という名を騙っている先輩がいました。いつもかわいらしいおとなしい彼女と2人で独特の世界観を構築していた先輩でした。二人が並んで道を歩いてくると、周囲の温度が2度下がるような、そんな感じの世界です。あの人は、なぜ嘘をついていたんでしょう。学生の頃というのは、みんな少しおかしいものです。そういうところが面白かったわけなのですが。それにしても、自分で書いておいてなんですが「名を騙る」というというのはなかなか興味深い題材ですね。
 ぼくは目を閉じました。そして一瞬、意識が細長い紐のような形になって暗闇に吸い込まれかけます。人間が眠る時っていつも大体コズミックホラー的で、眠ったらそのまま死んでしまうんじゃないかと思っていた子供の頃の恐怖を思い出しもします。
 渾身の力を振り絞りベッドから立ち上がりデスクライトを消し部屋の照明を消し真っ暗な部屋で歯磨きをしました。真っ暗な部屋で歯磨きをすると、いつもの三倍くらい歯磨きをしているような気持ちになります。集中できるのかもしれません。そして再びベッドに戻り、横になって新しいガンダムを見ているうちに眠っていました。アムロ・レイがいつもの特徴的な甘えん坊みたいな口調で誰かに文句を言っている映像だけが、鮮明に焼き付いて離れません。
 そのまま早朝までしばらく眠り、まだ外が薄暗いうちから映画を何本か立て続けに視聴しました。映画を見ながら丼いっぱいのシリアルを頂きました。「一杯のシリアル」とすると、昔の文学作品みたいで趣がありますけれど、丼いっぱい分のシリアルはすごく腹いっぱいになりますし飽きました。テーマは飽食。
 お昼を少し回ってから散歩に出かけました。スピンオフしてから、なるべく歩くようにしています。毎日、最低でも1万歩ほど歩いており、健康にはなかなかいいペースです。雨が降っていて、それはどんな小さな音も立てないような静かな雨でした。窓枠に二匹の堂々としたカメムシが止まっていて、家族だろうか、つがいだろうか、それとも友人だろうか、とよくわからないことを考えました。二匹が接近していたから関係があるのかもしれないと推測しましたけれども、普通に他人(他虫)だったかもしれないのです。並び合ったサラリーマンがひとつの傘に入り、通りすがりに大きな声であッはッはと笑っていました。他人同士かもしれません。バスに満載の状況はひとり残らず灰色で窓の外を遠い目で眺めています。町の果ての水色の塔は雲に突き刺さっているみたいで、アムロ・レイガンダムで敵のロボットをビームライフルで撃つ、その大きさを夢想します。ビルの脇からザクが現れ、ビームが装甲を貫いた時、焼けた鉄の匂いと熱波が、地上のぼくに届きます。道と道のつなぎ目の小さな斜面で足を滑らせた女性が両腕をぐるぐる回してバランスを取る様子は宙を舞うマジック・ジョンソンのようで華麗でした。そのまま飛んで行ってしまえばいいのに、と思いましたが、女性はよたよたと地上を進み、濡れた斜面をむっとした顔でにらみました。
 ブックオフプラスで中古のキーボードを買いました。生まれてはじめて中古のキーボードというのを買いました。安かったし、状態もそれなりによさそうで、何より前からすこし使ってみたかったキーボードだったので、それを買って、接続を完了し、こうして書いているわけですが、この機械を誰かが使って文章などを作っていたのだろうなと考えると不思議な、懐かしいような、親しみのあるような、そんな気持ちになってキーボードにまるで意思があるかのような、変な感じになりました。このシリーズの最新版は4世代分くらい進化しているので、家電業界ならもうアンティークですけれども、それでも充分にたのしい道具です。