枝豆

 業務スーパーへ駆けていくまるでピューマのような人間、手にエコバッグ兼マイバッグ兼トートバッグをぶる下げて腕を振り足を持ち上げ、空は軽妙浮薄な薄曇りでにわかに雫も垂れ、いつか見た夢のように過去が首をもたげ、ぼくはいとこのホノミちゃんを棒を持って追いかけ回していた、ひどく頑丈で重く野蛮な木の棒で、ホノミちゃんを打ち据えんと追いかけ回していたあの頃、ぼくと姉の唯一の楽しみはファミコンだけで、あの時代はどの家庭もリビングがもうもうたる紫煙でけぶっており、それはまるで真夜中のロンドン・ビッグ・ベンのようで、あの頃はまだ父も生きており、父は腰に刃渡り20センチのサヴァイバル・ナイブスをぶる下げており、そうしてその凶悪な刃物で、おいしいタラの芽を採ってきたりしてくれて、その採りたてのタラの芽を母はからりと揚げててんぷらをこしらえ、ぼくたちはそれを大変美味しくたべていたあれから十年が過ぎて、ホノミちゃんは町一番の美少女と呼ばれることになったのだけれど、やっかみからか、あるいは真実がひとかけらでも混じっていたのか、小さなぼくにはよくわからないけれど、ホノミちゃんは町一番の痴女であると噂されることになってしまい、その言葉すらわからないぼくはひとりで陸上競技場によくいるやわらかい虫を集め、それを誰よりも低価格で提供するという商売を始めたのだけれど失敗し、やはりゲームに生きるしかないと悟り、そうしている間にサカガミくんが車にはねられ、病院のベッドに寝転がった彼の足にはギブスが巻かれ、そして彼が轢かれた瞬間を見ていた友人たちは口をそろえて「サカガミ、5mくらい飛んでたよ」と言って笑っていて、その友人たちはみんな高校生になると髪を金髪にして逆立て、それからサカガミは寝ている間に家が燃え、死んでしまったのであるが、ぼくは轢かれもせず死にもせず業務スーパーで500g、238円の枝豆を購い、帰宅したのちそれを塩水で煮て、そしてアツアツの豆を食らうビーンイーターとなった。