ピュリッツァー賞みたいな写真が撮りたい。
もしくはソール・ライターみたいなのがいい。
作為のある写真がいい。
そう思ったので、当分写真は撮らないだろう。
スマートホンの充電がすぐに無くなるようになった。
バッテリー消耗度は75%と表示されている。交換時期だ。ただ正規店で交換すると法外な高額請求をされるので、スマートホンスピード修理救急隊! みたいな店に行ってみることにした。工賃・バッテリー含めて4000円くらいで交換できるらしい。いかにも怪しげだが、レビューを見る限り大丈夫そうだったので希望的観測をした。
グーグルマップを頼りに池袋西口から歩いて5分の店舗に向かうと、そこにはくすんだ雑居ビルが建っていた。マップとサイトの住所を何度も見直した。表に小さな看板が出ていたので、ようやく目的地だと分かった。中に入ってみると、雑居ビルというよりもマンションだということが分かった。余計に怪しさが増した。マンションの一室のドアにスマートホンスピード修理救急隊! と書いてある。チャイムを鳴らすとドアの奥から「はいどうぞ」と女性の声が聞こえてきた。ドアを開けると6畳ほどの空間に長テーブルが置いてある。その向こうに金髪のアジア系の女性がいる。パイプ椅子に座って修理依頼書を書く。それからスマホを渡す。女性はスマホの画面をチェックして「うん映りますね」と言った。それから「バッテリー交換すると設定からバッテリー消耗度とかの表示がされなくなります。あとバッテリーを交換しても元の性能には戻りません。買った時よりも性能は低いです。でも今よりはマシになります」という意味のことを言った。ネガティブな情報を教えてくれるのはとても有難いけれど、そのように言われると不安が増すし、最初からずっと胸に抱いてきた店の怪しさが今は爆発寸前まで高まっている。しかし、何故かその時、依頼をキャンセルするという発想がなかった。ただ騙されないためには何が出来るかということばかり考えていた。さっさと家に帰るという選択肢をノータイムで選べる訓練をしなければならないと思う。女性はスマホのロックが外れたまま奥へ持って行こうとしたので、一応ロックかけますねと言ってスマホの電源ボタンを何度か押した。何度か押したが、ロックがかかっているかよく分からなくなった。ホームボタンを押すと指紋認証が一瞬で起動してロックが外れてしまう。ロックがかかっているかどこで判別するんだったかな、と悩んでいると女性が「あっ、カメラのチェックしますね」と言った。スマホを渡すと彼女はカメラを起動して「うん映りますね」と言った。それからロック画面に戻り「うん大丈夫」と言った。大丈夫なのかな、と思ってそのまま店を出た。修理には40分かかる。店の近くの喫茶店に入ってロイヤルミルクティーを飲みながら、なんであのタイミングでカメラのチェックをしたんだろうとずっと考えていた。最初からずっと怪しさばかり募っていたので何もかも怪しく見えた。スマホのロックがされていなければ個人情報を簡単に盗むことが出来る。連絡先一覧とメールデータをコピーするだけで情報が手に入る。スマホにはクレカの情報も入っている。そう考えるとどんどん不安になってきた。そして自分自身に対する怒りが湧いてきた。ロックされていたとしても情報を抜くことは出来るかもしれないけれど、それでも自分が最低限出来るはずの自己防衛を怠ったことにむかついてきた。人の善意を無駄に信じて平和ボケしていたことにもむかついている。40分待ってスマホを受け取り4000円支払って店を出た。4000円なんてどうでもいい。バッテリーの容量が回復してなくたっていいまである。それ以上の巨大なリスクに自ら飛び込んでしまった不明を恥じた。バッテリー交換はきちんとしたお店でやらなきゃだめだと学んだ。失うものが大きすぎる。あの女性が何故あのタイミングでカメラのテストをしたのか、何か意味があるはずだと思い、何度かあの時の流れを再現しているうちに、ロック解除状態でカメラを起動しロック画面に再び戻すと、ロック解除状態を5秒延長出来ることがわかった。その5秒の間にもう一度ホームボタンを押せば指紋登録されていない指でもホーム画面を呼び出せる。修理屋が絶対に何かをするとは思っていないが、ずっと怪しい。