7時間睡眠の後、さっとシャワーを浴びて着替え、外へ。
小雨が降る息の白い冬の朝だった。
眠いとか疲れた怠いとか鼻をすすりながら、バンド名も曲名も知らないのに毎朝聴いている音楽を聴きながら歯医者へ。
前歯が折れた時に治療してくれた歯医者だから、二度目。
銀歯の中が虫歯になっているらしい。レントゲンを撮ったあと、白黒のぼんやりした写真を見ながら穴の深さを丁寧に解説される。自分の体がどのように壊れているかを説明されるのは複雑な気分だった。
いつもの麻酔。舌に流れ込んでくる麻酔の味が苦い。ドリルと鉄の針で、細菌が侵食した歯をがりがりと砕いていく。虫歯はビスケットみたいに簡単に崩れる。正常な歯は針で突いたくらいでは壊れない。虫歯は神経まで達している。
「こりゃ痛かったでしょう」と歯医者は言う。
「ふがふが」と私は言う。
いつも思うのだが、口の中にドリルだの吸い取り機だのを突っ込まれながら話しかけられたって上手く答えられないのだけれど、歯医者はそれを分かっていると思うのだけれど、一体どんなリアクションを求められているのだろう、私は。
ドリルが甲高い音を立てると、私はハンカチを両手でぎゅっと握って額に汗を浮かべながら耐えている。その自分の姿を俯瞰してみると幼稚で恥ずかしい。虫歯の治療くらい、大人の余裕で脱力していたいとは思うものの、されていることを考えるならほぼ拷問である。歯の神経は脳に直接つながっていて、その感覚は言うまでもなくとんでもなく鋭い。麻酔をしていなかったら失神だ。ハンカチくらい握りしめる。
削った歯にレジンだかセメントだか、便宜的なものを詰められて歯医者を出ると、すっきりした気分になっていた。もう、痛みはない。痛みを抱えて生きるより、痛む部分を破壊して捨てて生きる方がずっといい。痛いくらいなら歯なんて抜いてしまった方がマシだ。
失ったものは、二度と痛まない。これは教訓だ。
歯医者の後、ぐったりしながら出社した。
NとSが「外黒さんの代わりに働くので明日は休んでください」と申し出てくれた。
他者を心配し、自ら協力を申し出るなんて素晴らしい人間達だし、私がみんなに愛され過ぎていて恐縮した。二人には感謝の意を表明し、30分ほど考えたあと休みをもらうことに決めた。私がいなくても仕事は回るし、二人がせっかく色々考えてくれたのだし、風邪で具合が悪いのは本当だし、一日くらい適当に休んだって何も悪いことはない。
出社してきた後輩が飴と腕ぐらいの太さのカルパスをくれた。彼は真っ赤なサンタ帽子を被っていた。彼は他の社員にもお菓子や変な置物などを配って笑っていた。いいやつばかりだ、この職場は、と思えた。
後輩には何かプレゼントを返さなければならない。
1000円くらいする歯科用マウスウォッシュにしようと思っている。虫歯・歯周病の予防に効果がある殺菌作用を持っていて、その効果は12時間続くという優れものだ。
私と同じような目には、誰にも合ってほしくない、と思う。
世界はこれを愛と呼ぶだろうか。