平和な一日

 例によって眠れない。
 昨晩19時から21時まで浅く眠った。風呂に入ったりブログを書いたりしたあと、23時頃に睡眠導入剤を半錠、セントジョーンズワート1錠、DHA1錠を摂取したが、結局朝まで一睡も出来なかった。
 布団の上で眠れない夜を過ごすのは苦痛だ。体は酷く疲れているし、眠気も充分にある。しかし精神は高揚したまま、何かを探し求めている時のような、そわそわした気持ちが続く。経験上、精神がこのようになってしまうと入眠が非常に困難なのは分かっていたので、どうせ眠れないんだからとなげやりな気持ちになり、読書もした。その時に読んだのは倫理学の入門本だった。表現が易しいので読みやすい上にトピックが多彩で、広大な知識の表面を高い所から眺めているような気持ちよさがある。いい本だ。読書は2時ごろやめた。
 5時に起床。体全体に砂が詰まっているかのように重い。ベンゾジアゼピン眠剤の副作用である倦怠感、眠気、不安感、 頭重などに加え、単純に――単純だからといって症状が軽微なわけではないが――睡眠不足の苦痛が重なっている。
 シャワーを浴びる時も、動作は非常に緩慢だった。シャンプーが無くなりかけていたが、詰め替えは行わず、次の機会に見送った。
 いつも会社へ着ていく服に着替え、窓際で電子煙草を吸った。秋の、澄んだ空気の匂いがした。
 徒歩10分で駅に着く。しかしその道のりが、一日の中で最も辛い。体の重さと眠気、ふらつきが酷い。耳に突っ込んだイヤホンで、昔のpunkを大音量で聴いた。それで体調が良くなるわけではないが、体調が悪くたっていいと思うことが出来る。
 電車の中で日課脳トレアプリを2つこなした後、ネットニュースを見た。それらはルーチン化しており、アプリの得点やニュースの内容はあまり記憶に残っていない。
 会社の喫煙所で電子煙草を一本吸った。いつも必ず背の高い眼鏡の中年男性が居て、その方は甘い匂いの葉煙草を吸っている。何百回も顔を合わせているが、一度も話したことはない。
 エレベーターに乗り、廊下の自動販売機でモンスターエナジーを一本買った。
 カードキーでドアを開け職場に入る。同僚のOさんとYさんは既に出社していた。
 挨拶を済ませて引継ぎボードを見る。特に問題は起きていない。会社支給のノートPCを開いて社内向けコミュニケーションツールを確認する。これも特に問題は起きていない。メールを確認する。異常はない。シフト表を確認する。後輩のTさんのOJTを担当しなければならない。それから今日は現場に新機材が投入後の初日なので、主担当の私がいつも以上に注意して通常と異なる動作があれば即報告しなければならない。酷く眠い。監視装置が画像変換のエラーを吐いてアラームが鳴った。Oさんが対応してくれた。
 Tさんが出社して合流した。OJTはほとんど完了しておりTさんは一人でほぼすべての作業をすることが出来た。しかし新機材が起動に失敗しておりネットワークに接続できなかった。新機材の運用は固まっていない。出社前の上司に架電し、機材の再起動の承諾をもらった。しかしネットワークから切断されているためリモート制御が出来ない。機材にコントローラーを接続してリブートした。すぐに復旧した。Tさんに作業の続きをお願いした。Oさんが別棟の監視群のうち一機が監視不可になっていると教えてくれた。見に行くと操作アカウントを誰かが奪ったようだった。何度かログインを繰り返すが数秒でアカウントが取られる。機械的な速さだ。システムの問題かもしれないと考えた。ちょうど出社した上司に、アカウントを取られる機器はそのままにして広報用に使用しているアカウントを監視用に使えないかと相談した。承諾を得た。Tさんが来てアナウンス用のマイクがエコーしていると報告してくれた。発話してOさんに確かめてもらうとエコーしていた。コミュニケーションツールで報告を上げ、上司と再び確認した。たしかにエコーはあるが仕様ということになった。営業部が現場入りした。酷く眠い。80台のモニタにグラフと数値が映し出される。現場はにわかに緊張した。ようやく一日が始まる。営業部が各所に一斉に電話を始める。アラームが鳴った。新機材を設置したA島の音声系サーバのCPU使用率が閾値を超えた。これはなんですか、とTさんが聞いた。私が聞きたいと思った。制御卓からA島の音声を確認する。別棟の監視群でも同様に確認するが問題はなかった。立て続けに同様の通知を受信するがすべて問題なかった。H島とI島をメディア部が使いたいとツールで連絡があった。H島とI島は営業部がたむろして作業場にしてしまっていた。Tさんと一緒に別な場所で作業するようお願いをした。アラームが鳴った。関西支部管理の通信機器が死んでいた。Yさんがすぐに対応してくれた。人為的なミスだったらしく即復旧した。アラームが鳴った。csvファイルをデータベースから吸い上げるプログラムがエラーを吐いていた。再処理した。ツールで自動アナウンスの時間延長の依頼があった。これはなんですか、とTさんは聞いた。酷く眠い。アラームが鳴った。埼玉支部のデータが送信中に壊れた。Yさんが電話してくれた。Yさんの受け答えを横で聴きながら私はデータを手打ちで入力した。上司が認可待ちだった資料作成にGOを出した。資料を継ぎはぎしたExcelファイルをツールに投下した。自動アナウンスの時間延長のシステムのデザインが変わっていた。マニュアルを修正した。新機材のコントローラーどこにやった? と上司が聞いた。元の場所に戻しました、と答えた。新機材用のマニュアル修正案を提出した。午後になり、交代要員が出勤してきた。
「今日どうすか、なんかありました?」とAさんは聞いた。
「平和でした」と私は言った。