きのこ爆発

 フィクションなんだけど、きのこを観察する仕事をしている。
 ぼくはきのこを観察しており、きのこがしおれてきたら水分が出るスイッチを押す。枯れてきたら栄養分が出るボタンを押す。そうしてきのこがハリとツヤを取り戻し元気になってきたら、きのこ帳に「12:55 水50cc 養分5g きのこが元気になった」と書き込む。そういう仕事をしている。
 きのこ班の向かいの席にはたけのこ班がおり、大体ぼくらきのこ班と同じようなことをしている。ぼくがたけのこ班になることもあるし、たけのこ班がきのこ班として働くこともある。どちらの仕事もできるように日々訓練している。情報交換も盛んだ。きのこAの調子はどうだい? そうさな、すこしばかり大きくなり過ぎたようだよ。ところでたけのこBの害虫問題はどうなったの? 害虫は夏になったので、もうみんな死んでしまったよ。そして新しい害虫が生まれる。ああ、そして新しい害虫が生まれる。という会話も出来る。ぼくたちは大体毎日ぼんやりときのこ・たけのこを見張り、帳簿に状態を書き込み、暇があればネットなどをして過ごしている。
 でも、時々は事件が起きる。
 情報室にアラートが鳴り響いた。耳をつんざく甲高いサイレン。当直のぼくは食べかけのアルフォートをテーブルに放り出し、急いできのこモニタの前に走った。全国各地のきのこの状態をモニタリングし続けている監視ソフトフェアが長大なエラーを吐き散らしている。画面を膨大な量のログが流れていく。ログが示しているのは「きのこ爆発」の前兆だった。とてもよくない状況だ。袖机に詰まっている広辞苑ほどの厚さのエラーマニュアルを引っ張り出して項目2558-002「きのこ爆発」のページを開く。ページの一番上に赤字の太字で「とてもよくないエラー」と書いてある。そんなことはわかってるんだよ! とは思うものの、すごく目立つフォントで書いてあるのでいつも目が止まる。たけのこ班の大竹が走ってきてものも言わずきのこモニタにかぶりついて「きのこ爆発……」と呟いた。ぼくは録画装置にアクセスして当該きのこの2分前の映像を確認する。ついさっきまではおとなしいきのこだったのが、あっというまに膨らみはちきれんばかりになった。大竹がログとマニュアルを照らして「北海道のキノコです!」と投げ出すように叫ぶ。「ありがとうございます!」丁寧に素早く礼を言いぼくはモニタの真下に置いてある黒電話の受話器をひったくりテーブルの透明カバーの下にねじこんである連絡表を指でなぞりながら電話番号を探しダイヤルをじーこじーこ回して北海道支部に電話をする。不通。おかしい。とてもおかしい。もう一度架電。今度はコール音が鳴った。2回……3回……と永遠を思わせる長さのコールの後繋がった。「こちらきのこ監視センター北海道支部」「お世話になっておりますきのこ監視センター東京支部の外黒です。確認願いたいのですがこちらのきのこ監視ソフトできのこ爆発の前兆を検知しました。そちらで異常等ございませんでしょうか」「あー」と、相手も支部同士の気安さになって「雷で停電しちゃってまして、冷却装置がダウン中です」「あー、なるほどですね……復旧の目途はどうでしょう」「未定ですね」「そうしましたら、直通無線で連絡いただける形ですかね」「そうですね、そうなりますかね」「承知しました。ご確認ありがとうございました」「よろしくお願いします」顔を寄せて電話を聞いていた大竹がため息をついて「雷かよ! おんぼろ機材だからこうなるんだ!」と眉をしかめている。「申し訳ないですけどきのこ帳に記載お願いできますか!」とぼくは言いながら、北海道支部の冷却装置にアクセスを試みるも弾かれる。まだ復旧していない。きのこモニタを冷却装置モニタリングに切り替えると北海道支部の「北風4号」がやっぱり死んだままだった。「外黒さん、北風4号には遠隔電源があったでしょ。強制起動は使えないんですかね?」「見てみます」と言った途端に北風4号はダウン状態から疎通可能状態に切り替わった。電源とネットワークは復旧したらしい。北海道支部も頑張っている。しかしプロセスが切れたままだ。このままでは冷却装置が起動せずきのこ爆発が止められない。「上長に言ってきます」500mほど離れた上司のデスクまで走る。上司はデスクで12本目の栄養ドリンクをすすりながら車の雑誌を読んでいた。「すみません少し確認してよろしいでしょうか。きのこ爆発の前兆が出てまして」と言うやいなや、上司も雑誌を放り投げて目をぎんぎんにしたままきのこモニタの前まで走る。前兆発生から10分程が過ぎている。モニタ前に戻ると大竹は関係各所に伝書鳩を放っていた。「雷で北海道支部の北風4号が疎通断でしたが現在疎通状態まで復旧しました」「プロセスが上がってないってことね」上司はログを眺めすぐに状況を理解し「強制起動していいよ。あとはこっちの仕事じゃないから、北海道支部に頑張ってもらお。関連部署に連絡は?」「大竹さんが伝書鳩を飛ばしました」「オーケー、じゃあ俺は席に戻るから……」と呟いて上司は力なくデスクに戻っていく。「大竹さん、北風4号のプロセス強制起動します!」「いつでもどうぞ!」ぼくはデスクの上のスペースキーが取れたキーボードのエンターキーを叩きながら「プロセス起動!!」と叫んだ。冷却装置監視モニタに四人の男が映し出される。彼らはIT奴隷たちだ。やせこけてふらふらの四人の男は、地面から生えた四本の棒にすがりつき、力なく棒を回し始めた。男たちの動きに合わせて巨大な風車がゆっくりと回転をはじめ、膨張したきのこに風を送り始める。この人力風車が北風3号であり、メイン冷却装置と呼ばれている。北風4号はIT奴隷を冷やすための小さなエアコンである。北風4号は、送風口にテープ止めされた紙の束をそよがせており、映像からも稼働正常であることが確認可能だった。ぼくらの仕事は終わった。
「解決しましたね」と大竹は言った。
「ええ、しかしぼくたちは……一体何を解決したというのでしょう」とぼくは言った。
 ぼくと大竹は、すこしずつ普通のサイズに戻っていくきのこを眺めていた。
 ぼくたちはきのこを守ったのだろうか、それとも、きのこの養分になっているのだろうか。
 どちらでも、変わりないのかもしれない。