動物の油を顔に塗る

 アイドルと仲良くなる夢を見た。
 彼女は髪が濃いピンク色で、巫女のような衣装を着ており、よく笑った。
 私たちは冬山のロッジのような場所で話をしていた。
 アイドルは私と話し、それから私の鼻をつまんだ。
 何度も何度も私の鼻をつまんだ。
 それから脇腹のあたりで手をぬぐった。
 私の鼻の油をぬぐったわけであるが、それを見た私はもちろんちょっと傷ついた。
 なぜそんなことをされたのかはよく覚えていない。
 しかし、なんとなく幸福な夢だったように思う。

 毎日、最低2回は風呂に入る。シャワーの時もある。
 朝起きてから一度、帰宅してからもう一度入る。
 風呂上がりには化粧水を顔に塗る。乾燥するとかさかさになって痛い。
 最近、姉に変なものを貰った。横浜馬油というもので、プラスチックのカップに入っている。
 よくわからないが、顔や体に塗るものらしい。美容に良いらしいのだが、なんとなく怪しく思い長らく放置していた。
 今日になってふとそのことを思い出し、なんとなくネットで検索してみた。
 馬油は、馬のたてがみの下の油らしい。3000円もする。
 そんなに高価なものを今まで放置していたのか。効果のほどはさておいても、使わなければもったいない。
 早速パッケージをひっちゃぶいてカップのふたを開けると、クリームよりも粘度の高い、文字通りの油が詰まっていた。
 匂いも油である。ラードである。動物の油特有の、あの生臭さが確かにある。さすがに躊躇した。
 これを顔に塗るのか。私は、動物の油を顔に塗るのか。なぜだ。なぜ人間はそんなことをする。
 食べるために殺すなら仕方ない。食べなければ死んでしまう。けれど動物の死骸を顔に塗るのは、一体なんだ。
 私は一体、何をしようとしているのだろう。人類は何を考えているのか。
 そういえば昔、化粧品に「へその緒」を使ったものがあると聞いたことがある。
 調べてみるとへその緒に含まれる臍帯血というものの幹細胞が美容に良いのだそうで、現在もそのような美容液は販売されていることが分かった。
 へその緒の血を顔に塗るのか。果たしてそれは、あまりにもおぞましいことではないのか。そこまでして美を手に入れたいものなのか。
 でも例えば抗生物質ペニシリンはカビから作られていることは有名だ。アオカビの分泌物を飲むことは良いというのか。それは気持ち悪くはないのか。そこにどんな違いがある。
 食ったり食われたりすることは生物の機能として正しい。ただ、それは本来的に「うつくしくはない」ということなのか。
 正しさは別にきれいでもないしかっこよくもない。
 うつくしいとかかっこいいとか正しいとか間違いとか、そういう概念は人間が勝手に作り出しただけで、それは生物の機能には関係がない。
 人間はきたなく食べる。肉をかみちぎり歯ですりつぶして血をすすって食べる。生きるという機能はそれをすることであって、それは正しい。
 顔に動物の油を塗ることは、おぞましい。けれど、それも正しいのかもしれない。生きるという機能は、全然うつくしくなんかないし、動物の油が私の顔の乾燥を防ぐなら、原始人だってきっとそれをしていた。
 私は動物の油を顔に塗った。3000円もする動物の油は、生き物の生臭さがした。

 アイドルは私の鼻を何度もつまみ、そして脇腹のあたりでぬぐった。
 生きている私の油だって、やっぱりおぞましいのだろう。
 おぞましくてうつくしくなくて、それでもやっぱり生きていることは正しい。