ヒーロー

 ブルース・ウィリスさんが俳優を引退することになった、とネットニュースで読んだ。
 失語症が原因なのだって。67歳なのだってね。まさかこんなことになるなんて、こんなことが起きるだなんてね。人間は寂しい。
 スターだったから、お金をたくさん持っていて豪邸で暮らして、そしてたくさんの作品を満足するまで演じて、そして幸福なまま少しずつ消えていって、そして最近見なくなったね、ブルース・ウィリス。なんて言われて、ああそういえば僕も最近見てないな、ブルース・ウィリス。なんて思って、でもブルース・ウィリス本人は幸福なままで、もう映画はいいや、って海辺でアロハシャツ着てカクテルを飲みながら終わってほしかった。まるで映画のように。

 そんなわけにはいかないのか。やれやれ。人間というものは、いつも必ず寂しい。頭の上にカウントダウンの数字が浮かんでいればいいのに。でも、夏休みすらうまく出来なかった僕には無駄な情報かもしれないよ。晴れの予報だって傘を持って歩く僕には。ああ。でも必ず人は死ぬものらしい。何かが起きて、断念を余儀なくされるんだ。もう何回それを思い知らされれば気が済むのだろう。夏休みは終わるらしい。噂だけど。ハッピーエンドは未確認らしい。いつもいいところで日記は途切れている。

 ブルース・ウィリスって「アメリカ人」だったな。最初からずっとアメリカのおじさんだった。頑固でラフでタフで、あまり思慮深いとは言えない、けれどなんだかんだでご都合主義的にすべてが丸く収まるハリウッド・アクションの娯楽性をがっしり背負っていましたね。あのアホさが、人を救ったことはあるはずだ、と僕は思うのだ。勢いですべてを乗り切ってしまうような生き方をできなかった僕にとっては、やはりスターなんだった。中学生の頃、友達の浦見君と、僕の家の狭い庭でダイ・ハードごっこをしたことがある。ヒーローだった。ヒーローというか、ジョン・マクレーンは全然ヒーローではなく、やっぱりアメリカのおじさんなんだけれど、でもアメリカのおじさんにしかなれないヒーローみたいなのがあって、マクレーンはきったないタンクトップを着て泣き言や暴言を吐きながら全然スマートじゃない、むしろかっこ悪いくらいの必死さで生き残るから、だから好きです。だってかっこ悪いくらいの必死さで生き残っている人間がかっこ悪いわけないものな。

 ブルース・ウィリスの作品で一番印象に残っているのは『ダイ・ハード』シリーズだけれど、面白いのは『アンブレイカブル』や『12モンキーズ』、『フィフス・エレメント』だったな。どれも、もうすごく古い映画になってしまったね。しかしながら、どの映画も、今でも面白いと思う。近いうちに見直してみようかな。ああ。それにしても、頭の中身がすっからかんになったようだ。なんか勝手に、いつまでもブルース・ウィリスが続くものだと思っていたよな。嫌だな、寂しいな、不安だな、足元が不安定だな、無意識のうちに信じていたものが根底からひっくり返されたような、そんな気がしているな。

 僕はブルース・ウィリスのことを何もしらない。でも、ありがたかったよな。ありがとうブルース。あんたがブルース・ウィリスでよかったよ。俺はずっとあんたに憧れていたんだぜ。ブルース・ウィリスに救われていたんだぜ。でも、あんたはもう歳で、すっかりくたびれちまったんだろう。ああ、少し休みなよ。あんたがヒーローだったことは、みんなが知ってることだ。だから休んでもいいんだよ。僕はブルース・ウィリスのことを何もしらない。でも感謝している。ありがとう。僕や浦見君をたすけてくれて。みんなをたすけてくれて。あなたが言葉を忘れても、僕はあなたの言葉を忘れたりしないよ。