その世界にその概念は存在しない

 海外に行くときに必ず覚えておいた方がいい言葉はなんですか?
 I don't speak English.
 すべての言葉が他者を傷つける可能性を秘めているなら言葉で意思の疎通が出来ない状態は無敵かもしれない。
 なので私はノンバーバルなゲーム内表現しか存在しない規定されたコミュニケーションツールの手間が少ないところに美しさを。
 ゲームに必要な意思表示しか出来ないということは「私はスカイツリーに上ったことがありません」ということを相手に伝えることはまったく不可能であるけれどそもそもその必要がない世界。
 その世界にその概念は存在しない。
 必要がないことや、概念を共有せずに済むからシンプルに研がれて思考が言葉の虚飾を剥いで本質的に直感的になる。
 だからそこで使われる言葉はほとんどセミの震動や狼のハウリングと同じくらい他の解釈をゆるさないほどひとつの意味しか持たない純粋さを持っている。
 その話が私は大好きだ。
 たとえばそこで使われる言葉は、
「右の奥の部屋に外に出る扉があるからそこまで全力で逃げろ!」なんていうものではなく、そんな冗長さではなく、そんなに丁寧でもなく、そんなに理性的でもなく文章的でもない。
 津波が来た時、火事になった時、何か不測の事態が起きた時、人間はそんな事は言わない。
 そこで使われるのはもっと美しい言葉だ。
「あっちに走れ!」あるいは「いけいけいけ!!」
 ただそれだけだ。
 そういう言葉だけで話せたらいいのにと思う。
 
 不眠症なので睡眠導入剤を飲むわけだけれど新しい種類の薬をお医者さんに貰ったので、ふーんほな試してみるか程度の気持ちで飲んでいたんだけれどあるとき副作用に気がついた。
 めちゃくちゃ金縛りになる。
 金縛りガチ勢なので金縛りになる時は金縛りになる前からわかる。
 頭がごーんと重くなってから体が筋肉痛の一歩手前みたいな、足がしびれた時の不随意な感覚になって、そのまま放っておくと金縛りになる。頑張って体を動かしてほぐしたりすれば金縛りにはならないけどそれだと普通に寝れない。
 金縛りになると怖い。金縛り自体は全然怖くはない。ただ金縛りという症状は基本的に脳が目覚めながら悪夢を見ているような精神状態になるものなので恐怖がデフォルトでついてくる。慣れた今でも多少恐怖を感じることもあるし、教科書通りに叫び声が聞こえることもある。それがすごく面白いと思う。特殊な状態なのに、その「変さ」は共通していて、ずっと前から何人もの人が同じような状態を食らっている。私が金縛りの時に聞こえた女の人の叫び声も、この界隈では結構あるあるです。みたいなことがあることがすごく面白い。そしてなんというか、こういう知識がない人が金縛りをオカルトみたいに言うことがあることにもまた納得してしまう。病識があるだけで恐怖は減るし偏見も減る。けれど誰もが金縛りにあうわけではないから私は金縛りになったことがない人に金縛りを説明できない。説明できるけれど伝わる気がまるでしない。伝わる気がまるでしないけれど、金縛りは結構面白いということが伝わればいいと思う。面倒だし寝れないし恐怖も感じるけれど、それでもなんかちょっと楽しいということが伝わればいいと思う。
 金縛りの話も好き。
 
 寡聞にして不勉強がゆえ今まで知らなかったんだけれど理芽さんという人はどういう人なんだろうか。『食虫植物』という曲を聴いてうーんすげえいいなあ、うーん、すげえいい。音が少ない曲が結構好きで、リズムもゆっくりで頭がぐわーんとなる心地よく揺れる。かすれた声が木の葉の揺れる音みたいで、ウェットでもドライでもない。感情があるようで無くて、言葉を放り出す。歌が上手いとか下手とかそういうことじゃなくて、表現が真ん中にどーんと個性としてある。何より歌詞がいい。とても歌詞が詩。アイラブユーとアイヘイチューが、君のすべてがあたしだったら確かに解決される。食虫植物、他者を取り込むことで同一の存在になりたいみたいな気持ちが私は共感できるような気がする。
 


www.youtube.com


 
 
 それから新しい天才が現れたなあと思ったのがさたぱんPさんで、『ヤババイナ』はボーカロイド史に名を残すエピックになると思った。電子ドラッグ系というか、ポップさを残しつつオルタナティブなというか、狂気をぎりぎりのところでバッド方面ではなくハレの空気に昇華した感じ。MVもセンスが良すぎる。ボーカロイド界隈には突然こういう超挑戦的な新機軸が現れるから大好きだ。
 


www.youtube.com