明るさ

 音楽を作ろうとするといつも妙に暗いどんよりした音楽しか出来ないの、綺麗な色をたくさん混ぜ続けると黒になるのと似ている。よろこびとか笑顔とか感謝とかうつくしさとかがそこにたくさんあると、やっぱり気持ち悪くなってくるの、自然だったのかも。時々きみの毒舌が聞きたい日があって、そういう日には、キングコブラもタランチュラもやっぱりかわいい。私の心が黒くかすみ、どうしたって去勢された睾丸や、断尾された尾がどこへ行ってしまうのかを考えざるを得ないような時、それはあなたの心がうつくしいからだよ、と言われる事のおそろしさは、黒を分解したら白もあるじゃんと言われた時のような、意味不明さに対する恐怖だと思います。強く明るく生きましょう! の、言葉は希望で、もしかしたら何かしらの努力をすることで私も強く、明るく生きることが可能なのでは? と思わせてくれるところが、麻酔みたいで好きです。光があるところには、必ず影ができるものさ。という意味のことをきみは言い、そして強い光には濃い影ができる、と言ってウインクをしました。でも世界の9割を占めているのは闇で、光は常に影を伴うけれど、闇はそれ単体で存在することができるから、私の音楽がいつも妙に暗いの、世界丸出しじゃん。それから明るさを作ろうと考えることはたぶん、人間的な発想で、もし動物なら思考も体も闇に馴染ませる努力をするんだろうって思った。明るさってエネルギーの放射で、それは熱なわけなのですよね。太陽も、電球も、炎も、明るさを作り出しているものって何かが消費され、燃やされ、喪失していく瞬間だ。なにかが輝いている時、なにかが失われているのかもしれないって考えてしまう私に、きみは天が落ちてくることを不安に思うことはないと言ってくれましたね。まるで花が咲くときみたいに、エネルギーを放射していた。明るさっていうのは、つまりそういうことのすべてなのだね。私たちは意味不明に燃焼している。あらゆる燃料を取り込み、命が尽きるまで燃え続ける。その明るさと暗さを、今日もぼんやり眺めている。