インスタントコーヒー

 10時にアラームで目覚め、30分ほど布団の中で転がっていた。
 起きたいような、起きたくないような。
 PCでYoutubeを再生した。鳥のさえずりの動画だ。最近はさえずりの動画の音を聴いている。布団の中にもぐって小説を読んでいると、だんだん眠くなってきたので、気を失うようにして寝た。
 なんとなく目覚め、12時まで好きなことをしようとアラームをセットした。
 12時までというか何時まででも好きなことをしているし、何年でもそうしていればいいんだけれど。
 Youtubeでホロライブまとめを見た。ポルカの新衣装の予想が印象に残っている。白上の、頭にリュウグウノツカイがついてる予想は面白いと思う。
 読書しながら寝ていると、すぐに12時になり、時間の過ぎる速度が体感で30分程度に短縮されていた。とにかくものすごく速いのは、脳の時間受容器の活動が弱まっているからだろう。人間は、使わない機能がすぐ弱るようになっている。省エネ設計なのだ。時間受容器というものがあるのかは、しらないけど。
 何か食べようと思ったけれど何も食べなかった。
 12時、洗濯を始めた。洗濯をしなくてもいいんだけれど洗濯くらいしかすることがないようだった。必要性があるわけではなく自由意志的な洗濯だと思った。
 カーテンを開け、明るさを確かめる。晴れ、明るい。気温は低い。電気ポットでお湯を沸かす。洗濯機は、んごんごんご揺れ始めた。なんとなくかわいい動きだなと思った。お湯が沸いたので、すごく久しぶりにインスタントコーヒーを飲もうとしたら、5分の1くらい残っていたコーヒー粉が、ぼんやり白いふわふわをまとっているように見える。
 カビだ、と思って目を凝らす。インスタントコーヒーにカビ? そんなことがあるんだろうか。濡れたスプーンを突っ込んだわけでもないし、ほこりでも無いし――観察を続けるけれど、やはり表面がふわふわしているように見えるので、おそろしくなって捨てることにした。コーヒーの瓶に熱湯を注ぐとごぽごぽっと音がしてコーヒー粉が黒い泡と共に浮かび上がってきて崩れて溶けた。まがまがしいな、と思った。洗い終わったコーヒーの瓶は、すごく綺麗でぴかぴかしていた。いいなと思ったので乾かしておいた。
 買ったけど空けてないインスタントコーヒーがあったので開封した。ぼくはコーヒーがあんまり飲めないんだけれど、味比べをしようと思ってふたつ買っておいた片割れだ。1年くらい放置してあったけれど未開封なので粉は大丈夫そうだった。お湯を注ぐとカップの中が本当に泥水みたいになって、ふふふと笑った。はじめてコーヒーを飲もうと思った人は、この苦いようなすっぱいような香ばしい匂いの汁をどう思って飲んだんだろう。
 ひとくち飲んでみると、苦くない。大人になったのかい。酸味の方が強く感じる。こうして、おいしいのかおいしくないのかよくわからない、変な味の飲みものを飲んでいる時にこそ現実を強く感じるのかもしれない、とよくわからないことを考えた。酒もそうだ。煙草もそうか。変な味の何かっていうのは、たぶん気つけ薬みたいに、ふわふわの精神を着地させるものなんだろう。
 飲み終わってしばらく経つと、具合が悪くなってきた。コーヒーを飲むといつも軽く吐き気がする。カフェインというよりも、コーヒーの何かの成分が効きすぎているんだろう。
 部屋の掃除をしたら床が広くなった。窓から光。コロコロが壊れて、ロール部分ががたがたになったけれど、外れたパーツをみつけたので直せた。
 黒について考えた。白シャツが着られる人になろうと思って、白いシャツばかり何年も着ていたけれど、そろそろ黒もいいかもしれないと思い始めた。黒と青。赤と黒スタンダール、黄と黒は蜂、黒と青、それは夜の海の色、町はずれの井戸の色、深海の色、弱った電球が照らす廊下の色、そんな感じの色がいいな。そこからぼくの好きな作家のシャツの色チェックに移った。色について考えているうちに、まとう色について思考が移っている。予想通り白シャツの作家はあまりいない。太宰が一枚白シャツだったくらいで、みんな何か色を着ている。クロマニヨンズヒロトさんは、もちろん黒で、革ジャンの色。黒でいいか、と納得してきた。襟も汚れないし。
 世界中の死の概念についての軽い本を読んでいて、ふと「マイ天国」というのがあるといいかもなと思った。地獄に行くと分かっていたら死ぬのが恐ろしくなるし、死んだ人が不憫で仕方ないから、天国というものがあって、そこに行くとどうも幸福だったり、過去に死んだ人が待っていてくれたり、なんとなくいい感じの平穏が待っているらしいとされていて、その天国のイメージというのも世界の人々はそれぞれ違う形で想像しているから、それなら自分だけの「マイ天国」を、自分が行きたい天国のイメージを持っていたら面白いんじゃないかと思った。ぼくは、なんかうつくしい山や谷を延々と飛んでいく世界がいいんじゃないかと思う。
 15時、ちょっとゲームをしようと思いAOE2を起動したら5時間経っていた。本当は1時間でやめるはずだったんだけれど、どうしてこうなったのか自分でもよくわからない。5つの国を滅ぼし、侵略国家ソトクロだけが残された。大陸も島もソトクロ国の住人でいっぱいになった。城の周りには無数の家屋が並び、田畑が広がっている。巨大で、豊かな国だ。マップにはもう倒す敵がいないから、ゲームは終了になった。ぼくはむなしくなった。役目を終えた何百もの兵士が、することもなく、更地になった敵地に佇んでいる。諸行無常の響きあり。操作するのを忘れて、マップの端っこで一生懸命に樹を切り続ける男と女のユニットがいた。彼らのために、必要のない家を一軒建てた。