良きこと

 どうも心が沈んでいる。チョコレートアイスをバケツいっぱい食べないとこの気分は元に戻らないんじゃないだろうか。しかし、そんなにアイスを食べるとお腹を壊してしまう。だからぼくは未来のためにアイスを食べないことにして、その代わりに文章を書いて、自分の気持ちを盛り上げようと思いつく。たとえばそれは、エレキギターをかき鳴らすようなものです。その時、うつくしい音楽なんか奏でないわけです。かき鳴らしているのだから。

 スパティフィラムだ。ぼくの家の名前が分からない草は、スパティフィラムだ。たぶんそうだと思う。ストレリチアだと思っていたけど、どうやら違うようだ。というのも、ストレリチアの花は、形容し難い形の、カーニバルダンサーみたいな色の、とにかく派手な花が咲く。ネットで検索してみると、こんな変てこな花は見たことがないという感じの、すごいのが生えている。スパティフィラムの方は、もっと質素な、一枚の大きな白い葉におしべだかめしべだかがついているという、シンプルスタイルだ。どうしてぼくがうちの草をスパティフィラムだと思ったのかというと、今まさに、ネットで見た花のミニチュアサイズの花が生えつつあるからだ。そのミニ花は、茎を割ってにょきっと出てきているのだが、明らかに葉とは違い、めしべだがおしべだかのぼこぼこしたところが見えている。

おまえ、咲くのか!

とぼくは思った。そもそも花が咲く草だとは思っていなかったので、最初にミニ花を見た時は「なんかグロいのが出てきたなあ。タヒさんのいう通り命って気持ち悪いな。この気持ち悪さを気持ち悪いままきちんと受け止めよう」くらいにしか思っていなかった。でも花だと分かってくるにつれ、ぼくはとても嬉しい気持ちになった。花が咲くのだ。うちの草が、花になるのだ。ぼくは茎を割って出てくるグロいつぼみを見て、何かを待っている。植物はぼくの知らないことばかりする。おとなしい趣味なんかでは全然なかった。植物はダイナミックに活動するし、ほとんど毎日が発見で、冒険で、それでも花にとってはそれが当たり前なんだという、異文化的共生。草に心臓はない。でもぼくとは違うやり方で、こいつもみっちり生きている、鼓動さえなく、それでも成長している。おそるべきものだ。

くもは相変わらずアダンソン。前からハエトリの多い家ではあったが、おそらく三匹くらい住んでいると思う。もう完全に慣れたので、色や大きさでやつらの見分けがつく。おしりに半月の模様のやつと、薄茶色のやつと、黒が濃くておしりによっつの斑点があるやつがいる。彼らもぼくに完全に慣れてしまったので、ぼくが近寄っても全然驚かない。触腕をわさ、わさとさせてなんか気まずそうにするくらいだ。なんでぼくの家にはこんなに生き物がいるのか。時々変な気持ちになるが、生き物というのはとにかく面白いものだと思う。ただそれだけで良きことだと思う。ぼくに迷惑をかけなければ、だけれど。くもが洗濯機の上にいて邪魔だったので、人差し指で押したら、ハエトリジャンプを繰り返して逃げて行った。はっきり言ってしまおう。アダンソンハエトリはかわいい。今まで言うのを避けてきたが、ぼくはやつらが嫌いではない。