空白の一日

 暗闇の中で目覚める。忘れてる。手のひらと足のうらと耳がひどくちべたい。うつくしい空白。あしあとついてない雪原。ひどくちべたい。作文の手触り。
 ずっとずっと前に聞いた音楽が聴きたくなった。窓をダンボールで覆った。静かなりずむ。エクレアみたいなかたちのマウス。ココアを飲む。一番静かな時間にする。音楽は聴かなかった。タイピングの音だけが雪の降るようにしずかだった。親し気な暗闇。タイトルは愛について。しかし、足跡に意味はうまれない。ぼくが生まれてはじめて書いた小説は、せびれの怪物を迎えに行くお話だった。
 疑問が湧いている。忘れている。結論は出ている。ひとつ、とてもうれしいことがあったんだ。ぼくはカップラーメンを買ったんだ。戸棚の中にかくれているふたつのカップラーメン。
 好きなことがある人はいいな。トガヒミコについて考える。大空スバルについて連絡がある。アクエリアスを飲む。眠る。
 駄文という言葉は嫌いだな。たとえそれが本当に駄文を意味していても、心がしなびるな。カップラーメンは絶対にそんなこと言わない。カップラーメンは全員、俺が主人公だって顔してる。あんなに安くて、体にも悪いのに、堂々として、輝いているな。
 まだまだ暗闇の中でうごめいている。光を嫌う虫のように。こうもりのように。静かなりずむ。スマートフォーンがウーンと唸る。マウスの操作を誤り、爆音で音楽が流れてしまう。『へらへらぼっちゃん』。分厚いエスキモーの靴下は夏のように熱い。大きい石をひっくり返すと、そこに小さな世界が出来ている。愛についてからの引用“ただ、affectionをどれだけの人間が認識できるか、言語化できているかは疑問だし、ホスピタリティの概念がおそらく非人間にとって負担となる日が来ることは目に見えているようにも思います。愛は非常に精神的な負荷の大きい感情だし、それを商売にすると人間は早めに故障するように思われます。”
“空の行方を知るのは誰”とシャカゾンビ。30分間2万5千円。“人に依存するとろくなことにならないからねぇ”とマリン。“人に依存している人間を見たことがない”とぼく。“親切にしてたらストーカーになっちゃった”となかさこ。“もっと泳ぎ続けたい”とマグロ。
 世界のどこかにゆきが降る。花が咲いたよ。
 ダンボールを外すと、オニキスの夜。かめのぬいぐるみをぽけっとにねじこむ。