私をあたためるもの

 ベッドの上で目覚める。部屋の中は青白い光で満ちている。
 布団は平熱以上に暖かい。ふっくらと焼きあがったパンに包まれている。
 意を決して緊急脱出ボタンを押す。布団が爆発して私が外気へ飛び出す。
 うーんと伸びをすると固く凝った空気が肌を引き締める。
 マグカップティーバッグを入れ、電気ポットから湯を注ぐ。密度の高い湯気。またたくまに熱くなるカップ
 紅茶を飲みながら、どこにも存在しない空虚を見詰めている。
 どんなに熱いものでも、放っておくと熱は失われる。その逆はない。熱力学第二法則
 窓の外のずっと低い場所から男の子のたのしげな絶叫が聞こえてきた。私は小さな太陽を思い浮かべている。にんげんの体の中で燃え続ける恒星。エネルギーの放射は灯る。
 でたらめなラジオ体操を始める。筋肉は人に与えられた唯一の出力系だった。
 燃やせば灯る。
 陽が頭をもたげ、部屋はさあっと発光する。セロトニン。照明効果。カラーセラピー。光が人生におよぼすよい影響の数々。なにより、明るければ暗くない。
 夏に貰った半袖短パンのジェラピケの上に、冬に貰った長袖長ズボンのもかもかのジェラピケを着込み、知人に貰ったイヌイットが履くようなもかもかの靴下を履き、米軍が極寒の地で活動するために作った上着を着込む。今や小さな太陽は、魔法瓶の中で保温されている。
 きびしい北国で育った両親は、寒さに対する透徹した意見を有していた。
 曰く――寒い時に寒そうな格好をするな。
 その教えを、私は律義に守っている。
 ふくらんだファブリック塊となり、テーブルの前で短い詩を読む。
 それはたいせつな朝の儀式のひとつ。
 こんなことが書いてある。
“自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ”
 私をあたためるもの。
 

 

今週のお題「防寒」