なつやすみキッズのぼく

 短い夏休みに突入した。
 すでに三日が過ぎた。
 寝ていた。
 
 ベッドの上に横になり、窓の向こうの夕陽色の町を眺めていると、とても幸福な気持ちになった。
 ずっと寝ていたいと思ったので、ずっと寝ていた。
 時々、VTuberを見た。何も考えずに見るには、VTuberは最適だ。内容はほとんど覚えていない。
 寝すぎて腰と首が痛くなった。
 悪い風邪をひいて、いつまでも寝込んでいた時の痛みを思い出していた。
 寝続けるというのは、それはそれで体に良くないものなのだった。
 寝ながらマックデリバリーを注文して、寝ながら食べた。
 ポテトを食べてさわやかなマックフィズを飲んだ。
 ぼくはなつやすみだった。このなつやすみが不毛だなんて誰にも言うことはできまい。
 ずっと昔からぼくは疲れ続けていた。高校生くらいから、延々と慢性的に疲労していた。
 たびたび必要なものだ、休息は。猫だって一日20時間くらい寝るのだと聞いたことがある。
 それなら人間は一日45時間くらいは寝なければならないじゃないか。
 時々、部屋を掃除した。ずっと部屋にいて、しかも睡眠が充分になると、部屋がきれいになる。
 ごみは全て処分したし、溜まったペットボトルも捨てたし、必要な書類と不必要な書類を分けてゴミに出した。便座カバーを捨て、新しい便座カバーをつけた。シンクをスポンジで磨いた。枕カバーを洗濯して、新しい枕カバーを被せた。冷蔵庫の中の賞味期限が近い食材を料理して食べた。
 ぼくはとても幸福だった。
 
 大型自動二輪免許を取得した。
 この間、教習所を卒業し、本日免許センターにて正式に交付していただいた。
 免許センターは8時30分から開いている。ぼくは頑張って朝6時に起き、電車とバスを乗り継いで9時にセンターに到着したのだけれど、ちょっと驚くほど人が並んでいた。正面玄関からずらりと外の駐車場まで50人はいたと思う。平日の朝だというのにこんなに人がいるものなのかとうんざりしてしまった。待ち時間は首に保冷剤をかけ、ミニ扇風機を使って涼を摂ったけれどそれでも暑かった。様々な理由でみんな並んでいる。免許を失効した人や、新しく免許を取った人や、免許を紛失した人など、それぞれの理由で列になっている。
 しばらくすると「併記の方いますか?」と列に呼びかける係員が来た。ぼくは併記(免許に新しい免許が追加される)なので手を上げたら、併記の人たちだけ先に処理してくれると言われた。願ってもないことだった。それからは流れ作業で受付、支払い、視力検査、記載変更、変更後の申請書の受け取りをし、11時の免許証の発効(交付)まで待機となった。併記の全行程は大体2時間ということだ。免許証の交付まで、地下の食堂でカツカレーを食べながらぼうっとして過ごした。
 ぼくは公共施設の食堂がとても好きだ。だいたい甘いカツカレーも好きだし、だいたいどこもなつかしい味の醤油ラーメンも好きだ。
 免許証には大型自動二輪の印がついている。
 おめでたくはないけれど、やり遂げた気持ちはそれなりにある。
 ぼくが乗ってはいけないバイクはもう、ひとつもなくなった。
 あたらしい「自由」を手に入れたということだ。
 免許とか資格というのは、自由を増やすためにある。
 
 免許センターからの帰り道、気が向いたので花屋に行って、草を買った。
 この草の名前をぼくはまだ知らない。
 二輪免許の章が終わったので、ぼくはまた新しく何かをはじめようと考えている。
 その新しい何かのひとつが草だった。
 部屋の、陽の当たる場所に草を置くと、きらきらと葉が光を反射して森のようだ。
 とてもうつくしいなと思った。