バイクの運転が下手

 レンタルバイクをしてきた。例によって「天気が悪いけれど本当に行くのか」とメールが来ていたし、今回は着信まであった。コールバックして「レンタルしたいんですけど」と言うと「決行ですね!」と言われた。決行という言葉が普通に出てくるのが面白いなあと思った。
 レンタルバイク店に着くと、ちょうど日焼けした細身のおじさんがシャッターを開けているところだった。イケメンのおじさんで目の色が日本人離れしてグレーっぽかった。きっとこの人はサーフィンとかが好きで、海の光で目の色素が薄くなったんだろうなと思った。漁師の人は目の色が薄くなる感じがする。詳しく調べたことはない。
 今回はレブル250をレンタルした。アメリカン・クルーザータイプのバイクで一度はぼくも欲しいなあ乗りたいなあと思ったことがあるバイクだった。この間乗ったGB350Sとレブル250はどちらもホンダでとても売れている。見た目がかっこいい。
 普通二輪免許を取ってからGBではじめて公道を走って、そのとき8時間ほど走行したので公道に対する恐怖はもう無い。最初の一回が一番怖くて一番面白い。そしてぼくの最初の一回は南の島のこわれかけの原チャリだった。あの日の感動を追い越すことはたぶん二度と無いと分かっている。それならぼくは蜃気楼に向かって走るのではなくもっとよく周りを見渡してみるべきなのだろう。
 レブル250はクルーザーなのでステップの位置が少し前についていてシフトペダルの操作がとてもやりづらかった。左足のつま先で上げたり下げたりする棒なんだけれどぼくのエアフォースワンが大きいのでステップとペダルの隙間に入りづらい。CBでもGBでもこんな症状はなかったので困った。しばらく走ったらそこそこ慣れたけれど、ネイキッドの方が操作はしやすいと思った。
 レブルの排気音はびゅいーぽぽぽぽという音だった。アイドリングの時はかたかたかたと鳴る。GBの排気音はだだだだで、アイドリングの時はばばばばだから、同じ単気筒でも水冷と空冷で随分音の感じが違うのかもしれない。GBのマフラーは大きいサイレンサーがついてなさそうだしその辺りも影響しているのだろうか。アメリカンっぽい見た目のレブルだけど、だから音はかなり静かで、迫力が全然なかった。住宅街を走ってもあまり迷惑ではなさそうだ。振動もほとんどない。ぼくはちょっとうるさいけどGBの方が好きだ。GBは生き物っぽい声だけどレブル250はなんとなくミシンみたいな感じがする。
 GBもそうだったけれどレブルもアイドリングが弱く感じた。ぼくは大体どのバイクに乗ってもアイドリングが弱いと感じる。レブルでも10回くらいエンストをした。おそらく単純にぼくはバイクの運転が下手なだけなんだろうと思う。ローに入れていきなりクラッチをつないでもエンストをしない、というのがぼくの理想なんだけれどその印象はどこからきたんだろうか。自分でもよくわからないけれどそれが普通だと思い込んでいる。軽トラの運転の感覚がまだ残っているんだろうか。回せば加速するけれど、それは当たり前というか、大体のバイクはアクセルを開くと開いた分加速する。
 レブル250はハンドルの切れ角が小さいので取り回す時何度も切り返す必要がある。しかし重心が低いので取り回している最中にバランスを崩しそうになることはなかった。
 レブル250はスピードに乗ると安定するしひらひらとよく曲がるしそれなりに加速するし秩父の山道も余裕で加速するので申し分ないバイクです。しかしやはりポジションがアメリカンでリラックスして乗る分にはいいけれどしっかりニーグリップして乗りましょうという感じではないので、魔法の絨毯に乗っている感じで、バイクに乗っている感じがあまりなかった。ぼくはやっぱり膝でタンクをがっしり固定した方が振動が楽しいしバイクが安定するので安心だし、だからネイキッドの方がいいとわかった。
 レブルはとてもかっこいいし、乗り物として優れている。けれどぼくが好きな感じではない。ということがわかってよかった。
 あとはZ125とW800に乗ったらぼくがすごく乗ってみたかったバイクは終わる。夢というか憧れというか、そういうもの未満の気持ちではあるけれど、一回は乗っておきたいなと思ったバイクに、とりあえず乗ってみている。
 そして最後はたぶん、南の島の原チャリにもう一度乗ることになるんだろう。
 
 今日はバイクに10時間乗って、212km走った。右手の中指の付け根と人差し指の第三関節の近くにハンドルダコが出来た。高円寺から秩父まで下道だけのツーリングだった。東京の道は怖いと言い続けていたけれど慣れてきてしまった。面倒くさいのは間違いないけれど怖くはない。
 東京からなるべく離れたいと思って奥多摩秩父に向かうんだけれど東京を脱出するまでがすごく長いし車も渋滞してるし、そこが毎回一番大変だと思う。山の方に出てしまえば快適そのものだし気持ちがいい。バイクは田舎によく合う乗り物だと思う。
 生まれてはじめてヤエ―をした。ヤエーはライダー同士のあいさつで、対向車線のライダーに手を振ったりする文化だ。語源はyeahだと聞いたことがあるけれど詳しい事は知らない。カップルらしきタンデムが来て、運転手がぼくをまっすぐ見て手を振ってきたのでぼくも振り返すと、タンデムシートの女性が両手を上げた。面白かった。ヤエーってほんとに知らない人同士で発生するものなんだなあと関心していたらそれから何台もヤエーしてくれるライダーが現れてすぐに慣れた。ツーリング集団の先頭車両が手を振ってくれたので返したら後続の全員が手を振りはじめた時はなんか渡り鳥みたいだなと思った。車同士ではやらないのに、ライダー同士では挨拶をするのなんでだろう。それはたぶんバイクと車は全然違うものだからで、自転車とも徒歩ともスケボーとも違う。全部それぞれの文化がある。
 秩父の山奥で迷ったりエンストを連発したりキルスイッチを偶然押してしまってエンジンがかからなくなって慌てたりガソリンスタンドがみつからなくてあたふたしたりトラックに煽られたり顔面に虫が激突してきたり首と肩がめちゃくちゃ痛くなったりしたけれど概ね幸福だった。バイクはいつも楽しい。バイクは乗り物としては不完全だし根本的にアホな設計だけれど、それでも楽しいという点では乗り物の中でトップレベルで楽しい。ゲームが楽しいのと同じくらい直感的に楽しい。
 疲れた。しんどい。レンタルバイクって全然初心者向けじゃないと思う。返却時間があるという時点でかなりレベルが高い。自分のバイクだったら何時まででも迷えるけれど、返却時間があると慌ててしまう。慌てたり急いだりすると運転が荒くなって危険が増す。渋滞に巻き込まれたりすると時間が読めなくなるので、そういうところは公道スキルとか知識とかが必要になる部分だなあと思う。結局秩父まで行ったのに観光もしなかったし、食べ物も食べなかった。とてもぼくらしいことだなと思った。ハマると食べたり寝たりしなくなること。
 ヘルメットを脱ぐと髪が潰れて死ぬほどださい髪型になっていた。高円寺を歩きたくないくらい変人みたいな髪型だった。これはやばいなと思ったので、あえてラーメン屋に入ってとんこつを食べて帰ってきた。外の世界に対する、ただ一切は過ぎていくという経験を、バイクから学んでいます。