熱風・知性

 レンタルバイクをした。借りたのはベネリ『TNT125』で、125ccのかなり小さいバイクだ。ミニバイクのスポーツ。ぼくは中学生の頃、カワサキKSRがとても好きで、小さいのがかっこいいなあと思った時期があって、今も好きなので借りてみた。結果から言うとあまりよくなかった。
 レンタルバイク店に向かうまでがまず地獄だった。暑すぎた。絶対に間違いなく必ず暑くなると分かっていたので全身にフリスクのひんやりリキッドみたいなのを塗りたくり、更に各所に冷却スプレーをふりかけた上で、首と腕には日焼け止めをがっちり塗って、とどめにシャツとジーンズに布がひんやりするスプレーをして、全身ひんやりフル装備で出かけたけど10分も表を歩いていると汗が滴った。無理だと思った。ぼくはこの世界に生まれてくるべきじゃなかったんだと思った。過酷すぎる。暑いのが苦手すぎる。今だけは北国に戻りたい。冷却スプレーとか接触冷感とか体感マイナス2℃とか、たしかに効果はあるんだけれど真の暑さの下では10分でその効果は消え去る。唯一効果があるのはクーリッシュだけだ。
 TNT125は小さかった。今まで乗ったバイクで一番小さくて軽い。横に倒してみても全然転びそうにないのは良かった。取り回しも軽いし車幅もコンパクトなので住宅街のような狭い道も気軽に入って行こうという気になる。しかし小排気量のデメリットというか、当然のことながらパワーが全然ないので、信号待ちの発車で普通の車のスタートに負ける。スタートに負けると何が起きるのかというと、後ろを走っている車がだんだんイライラしはじめる。せっかちな運転手だと強引に抜かれたりする。速度の波に乗れないということは、それだけ危険が増えるということだった。普通の車と同じくらいの速度でスタートしようと思ったらアクセルを思いっきり開けて急いでギアチェンジして頑張って加速しなくてはならない。するとエンジンが相当激しく回転している感じの、とてもうるさい音が出る。それを何度も繰り返すことになるので壊れるんじゃないかと不安になる。ギアの調子もなんだかおかしくて、1速に入れてしばらく走ると突然ニュートラルに切り替わって加速しなくなったりした。仕様なのか個体差なのかよく分からないけれど、他のバイクではそういうことは起きなかった。ギヤもおもちゃみたいなかちゃかちゃした感触で切り替わっているのかよく分からないし、ギアチェンジしたあと妙に甲高い機械音が鳴ることがあり、普通に壊れているんじゃないかと思われた。125ccバイクのクオリティーは、こういうものなのかもしれないなあと思った。湾岸線を通って木更津の手前まで走り、返却時間が迫ってきたので戻ってきた。大体200kmくらい走ったと思う。初めて湾岸線を走ったけれど、(渋滞していなければ)気持ちのよい、緑の多い道だった。
 暑い日のバイクは肉体的にかなりしんどかった。真夏の陸上部を思い出した。車と違って陽射しが常に降り注ぐので暑いし、あっという間に日焼けになる。バイクのエンジンもかなり熱くなる。アスファルトも熱いし、周囲の車の表面も全部熱い。走行中は風によって程度涼しくなるけれど、渋滞にはまって車列が動かなくなるとかなり辛い。陽射しが眩しいので前が上手く見えないこともある。ハンドルを握っていると飲み物を飲むタイミングもかなり難しいし、ヘルメットの中の頭がかゆくなってもかくことも出来ない。夏は虫が多いので顔にぶつかってくる。すずしい季節に比べるとリスクも苦痛もかなり多いことがわかった。それでもバイクは楽しいけれど、真夏のバイクは覚悟が必要だった。
 バイク民はお行儀が悪いなあと思ったエピソードがふたつ出来た。ひとつは、八王子に続いて手足ぶらぶらの人が千葉の方にもいたこと。走行中に左手を腰に当て、右足はアスファルトを擦るようにしてぶらぶらさせている。その態勢のまま時速80kmほどで走っている。たぶん「俺はこんな格好でもバイクを運転できるんだぜ!」みたいなアピールなんだろうけれど、そのしょうもない感じがすごくダサくてかなしくなった。八王子の時はびっくりして、こういう乗り方も文化なんだなあと学んだけれど、今回に至ってはもう悲しみしかない。都心から離れるとすぐにこういう人が現れるところは、言語が同心円状に広がって行くというお話を思い出させて面白くはある。ふたつめも同じようなものなんだけれど、ヘルメットの後頭部に「おっぱいはこのよのすべて」みたいな文章をペイントしている人がおり、その人は信号待ちをしており、信号待ちの間、首をずっと左右にこきこきさせていた。見るからに変な人なのだけれど、なんといえばよいのか、そういうことをヘルメットに書くのは一向に構わないし、そういうユーモアがあることは分かるんだけれど、そのユーモアっぽい何かの後ろに示威行為というのか「こんなこともできちゃう俺すげー」みたいな自意識が見え隠れしていて、そういうのがすごくダサい。なんでバイク乗ってる人って変な人しかいないんだろうって思ってしまった。ぼくはそういうものについて、そういうものの何がキモいのか考えてみたのだけれど、「ワル」「やんちゃ」みたいなキーワードが根底にあるモータースポーツの人たちの価値観(ピュアなモータースポーツの人たちは真面目だと思うけど)って男根主義丸出しで、それは競争する上では大事な要素かもしれないんだけれど、その価値観を少しでも外れたところから客観してみると、彼らが男根的自信を根拠として虚勢を張った態度をとっている分、ダサさが倍増してしまうのだろうな。走りにあんまり興味のなさそうな旅バイクの人や、大型に乗っていてもものすごく丁寧に運転する人もいて、そういう人達はまた違った価値観を持っていると思う。しかしながら、目につくのはやっぱり圧倒的にマナーの悪い、行いのダサいライダーばかりだ。なんかバイクの文化、やっぱり嫌いだなと思う。車も自転車もだけど、普通に運転してる人が一番いい。
 GB350S、レブル250、TNT125とジャンルの違うバイク三台に乗ってみて、ぼくの中でひとつの区切りがついた。あとはとりあえず大型の免許を取得してから考えようと思う。免許は第一段階を修了し第二段階となった。七月には卒業できるだろう。
 へとへとになって帰宅した。シャワーを浴びるとこの上なく最高だった。台所の排水口の掃除をして、ごみを出した。それから鹿肉の燻製というものを食べた。たいへんうまい珍味だった。ベッドに寝転がってスマホでゲームをした。何か重要なことに気づいた気がしたけれど、忘れてしまった。