クラッチについて

 クラッチについて考えていた。
 クラッチはエンジンの回転をタイヤにつなげる装置だ。エンジン側の摩擦板とタイヤ側の摩擦板を強く押し付け合うと、エンジンの回転がタイヤに伝わってバイクは前に進むようになる。教習所でもそういう説明を受けるし、バイクの仕組みの本を読んでもそんな説明が書いてある(実際には薄い何枚もの金属板)。だから、それはもちろん正しいのだけれど、しかしなんか納得いかない。なぜ納得できないのか、ベッドに寝転がってぼんやり考えているうちに、何にひっかかっているのかだんだん分かってきた。動力伝達装置である、という説明では、エンストの説明がつかないからだ。エンストというのは、エンジンの回転数以上の仕事をエンジンにさせようとすると、反作用でエンジンが停止する現象だ。180kgのバイクが時速40kmで走行している時、エンジンが5000回転で3速につないでもエンストはしない。しかし時速10kmでエンジンが0回転で3速につなごうとするとエンストする。速度を持っていない重量物を弱い力で押しても動かない、押した側がよろめいてしまう。速度を持っている重量物は慣性があるから弱い力でも動かすことができる。ということはつまり、クラッチというのは重量物に力を加えるものなのだ。というよりもむしろ「エネルギーの変換装置」だ。
 ぼくは自分の考えにひとりでショックを受けた。今まで誰もそんな説明をしてくれたことはなかった。エンストというのは速度か回転数のどちらか、あるいはどちらもが物体(質量)の前進に必要な閾値を超えなかった時に起きる現象だ。前進の閾値が5だとしたら、速度と回転数の和が5以上必要になる。それ以下ではストールする。バイクを加速させるということは、エンジンの回転エネルギーをクラッチを通してタイヤに伝え速度エネルギーに変えることだ。
 すっきりした。おいしいハンバーグを食べても、面白い映画を観ても、どうも「楽しい」という気持ちにならないことがある。一体なぜそうなるんだろうと長年疑問だった。それはエネルギーAがエネルギーBに変換されていない状態、つまりクラッチが滑っている状態だったわけだ。クラッチはやさしく丁寧につなげなければならない。でなければすぐにエンストしてしまう。ぼくの心は2トンくらいの質量なので、充分に回転数をあげておかなければ、すこしも前に進まない。