何も間違わなかった。

 深夜2時。羽毛布団を丸めた。ビニール紐で縛った。おそらく外は秋の冷気が満ちているだろう。からし色のコーチジャケットを羽織った。下は薄いジョガーパンツだ。寒いかもしれない。しかし楽な格好の方がよい。なにしろ長時間待つことになる。鏡の前に立って自らを検分する。寝癖がついていた。素敵だと思った。深夜2時だ。コインランドリーには誰もいないはずだし、夜には夜の規律がある。その世界では、礼儀正しさは異質となる。
 大きな布団を脇腹に抱え、国道の横を歩く。予想どおり肌寒い。風が顔や手をそっと撫でる度に体の芯が固くかたまるような感じがした。
 真夜中のコインランドリーは夢の中みたいに明るい。白く発光している。光は眠い眼に刺さった。先客がひとり。白髪交じりの長髪のおじさんで、黒いジャージを着て、サンダルを履いていた。ネイティブアメリカンを思わせる厳しい顔立ちをしている。暗く鋭い目つきをしている。どこから見ても夜の住人だった。
 丸椅子に座り、スマートフォンで本を読んだ。文学批評の本だった。長髪のおじさんはふらっと外に出て行った。本の内容は頭に入ってこなかった。とても複雑な構文や特殊な用語のせいで理解できない。それに深夜2時30分だった。
 コインランドリーにはたびたび客が現れた。彼らは洗濯物を機械に入れ、精算ボタンを押すと、ふらっと外に出て行った。見守る者のない機械は律義に動き出し、がたがたと揺れた。「忘れ物」と書いた札の貼ってある棚には、きれいな黒いブーツと、牛の耳の被り物が置いてあった。
 布団を機械から出すと湿っていた。もう一度機械に入れ、乾燥を10分追加した。温かいふんわりした布のにおいがした。布団を機械から出すと、まだ湿っていた。ガス乾燥機というものに布団を入れ、8分追加した。布団を機械から出すと、わずかに湿っていた。焼きたてのパンのようにやわらかで、わずかに水分を含んでいる。できれば屋上に落ちている枯れ葉くらい、かりかりに乾いてほしかった。しかしコインが無くなってしまったので家に帰ることにした。
 帰宅してベッドの上に布団を広げ、粘着テープを転がして細かなほこりを綺麗にした。白く、ふんわりと軽い布団になった。ベッドに横になり、毛布と、洗ったばかりの布団を体にかけた。午前3時を過ぎていた。
 何も間違わなかった。