スパイダーマンのような

 スパイダーマンのような人がいたよ。
 スーパー・マーケットの駐車場入り口の真ん中に立っていたよ。
 まだ雪が降っていた。その時には小さな欠片になっていた。小鳥の胸毛のような小さな雪が、はっきりと目に見えるのに、認識が難しい速度で落下していたよ。小鳥の胸毛は白く、あまりに軽いので、それは時空を超越した物質のようだった。ピッピの胸からはみ出た綿のような毛、滑らかな黄色い表面から乱れ、わずかに飛び出している雪のような羽毛。そのかわいらしいはみ毛は、いつまでもわずかにめくれ上がったまま、小鳥の胸にくっついていた。その毛をつまんで取ってしまいたい衝動が、誰の心にも到来します。しかし、もしその毛を取ってしまえば、小さな体を満たす空気が抜け、ぷしゅっと抜け、そして皮と毛と骨だけになって、その場にくしゃくしゃになってしまうでしょうね。小鳥の胸毛が時間を超越するほど軽量であるのと同様、小鳥を満たしているのはやはり、水ではなく空気でしょう。それだから彼らはあのように、いとも簡単に空へ浮かび上がるのでしょう。それだから彼らはあのように、とてもぬくいのでしょう。春に溜め込んだお日様の光が、体の中にまだ、残っているんだね。
 公園を滑りながら歩いていると、目の前に雀がフワァーッと騒々しく降りてきてね、きっとすずめのやくざだったんだね。その横に、更にもう一羽、雀が降りて来たかと思ったら、メジロだった。メジロはね、うんと丸い、みどり色の体をふくふくと膨らませ、ぜんまい機械仕掛けの真意不明な玩具のように、首をくりくりと回しているよ。あるいは、首をくりくりと回すことによって、動力を得る仕掛けなのかもしれぬ。ウグイス餡ころ餅は、何かを敏感に察知し、飛んだよ。そして枯れた木の枝に留まった時、大きな梅の実のようになったんだ。そこへ更にメジロの修学旅行がやってきて、枯れ木に梅の実が実りに実って、ずいぶん騒がしい冬の一幕でございました。
 スパイダーマンは、私が見た時にはもう、例の中腰で、右手の手のひらを空へ向け、右から左へゆっくりと動かしていた。見えない机の底面を撫でているような、そんな不思議な動作を、とても真剣な様子で繰り返していたのだ。何をしているんですか、と無粋な問いは発すまい。人は皆やりたいことをやる権利を有しております。スパイダーマンの前を通り過ぎながら「スパイダーマンみたいだなあ」と思っていると、彼は急に飛び上がり、50センチほど右側に着地し、とてもしゃかしゃかした動きで手を振り始めたんだ。私はそれを見てうわっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、と笑いたい気持ち、あるいは、スパイダーマンを褒めたい気持ちになったんだよ。
 たったそれだけのことで。
 私は救われました。
 誰かを救うためには、その誰かを殺す覚悟さえ持たなければならない。と、私は考えていました。
 だからお医者さんは免許を持っていますね。
 誰かを助けたいと思った時には、その誰かを殺す覚悟さえ持たなければならない。
 でも、そうじゃない時も、あるのかもしれません。
 未知のスパイダーマンはスパイダーウェブを出していなかったので、あれはきっと、
 ハエトリグモ。