シャツを捨てた。
白いシャツと、白いシャツだ。
ごみ箱の中に丸まっているそれらは、不吉なもののように見えた。
ハンガーラックにいつまでも吊るしてある古いスーツ。
深いネイビー色のそれを取り上げる。肩や首のあたりに、うすくほこりが積もっている。粘着テープできれいにした。
スーツをハンガーに戻して眺めてみると、しわもなく、汚れたところもなく、何かよい予感を抱かせた。
このスーツは捨てようと思った。
17時を少し過ぎた辺りで、窓の外は暗かった。オレンジの街灯がわずかに窓を照らしている。
部屋着のTシャツの上にジャケットを羽織り、パンツを履く。
とてもきつい。特にパンツのふとももの部分や、お尻がきつい。サランラップでも巻いているかのような具合だった。
そういえば、このスーツは試着した頃からきつかったんだ、と思い出した。
買ってからもきつかったし、時々着てみても、やはりきつかった。
いつか楽に着られる日が来るかもしれないと考えて買ったものだ。
しかし、いつまで経っても、象徴的にきついままだった。
一度、このスーツを着て出かけたことがある。
平日の昼間で、たしか季節は今頃で、すこし肌寒かったと思う。
当時住んでいた家の近所にある、ふれあい広場だった。
そこには様々な大きさの檻があり、動物が暮らしていた。
毛に木の枝の絡まった山羊や、ほそいインコや、巣箱から出てこないウサギや、年老いたポニーなんかがいた。
新しいスーツを着て、ポニーの前に立った。
ポニーはぼくに尻を向けていたが、やがてのっそりと近づいてきた。
そしてまどろむようなやさしい眼で、体に合っていないスーツを着たぼくを眺めた。
粗末な暮らしをしている臭い動物達を見に来る人間は誰もいなかった。
そのふれあい広場が好きだった。ぼくはおそらく、彼らに共感していたのだろう。
手を伸ばすと、ポニーはわずかに顔を近づけてにおいを嗅いだ。
それから始めとおなじように、のっそりとぼくに尻を向けた。
それ以来、ぼくはそのスーツで出かけていない。
ハンガーにかかった古いネイビーのスーツは、どうしようもないほど、ぼくに合っていない。
けれどそれは、しわひとつなく、汚れたところもなく、穏やかな秩序の世界のもののように思われた。
スーツをハンガーラックに戻した。
あのポニーは、まだ遠くを見ているだろうか。