ウーバーエクソシスト

 部屋でゲームをしていると、弟が入ってきた。
 それから「姉ちゃん、悪霊に憑りつかれた」と言った。
 弟を見ると、たしかに憑りつかれていた。
 肌は漂白したみたいに真っ白だし目は血走って真っ赤だし髪は逆立っているし犬歯も少し長いみたいだし30センチくらい宙に浮かんでいる。
「あんた何してんの」と私は言った。「悪霊に憑りつかれてんじゃん」
 弟は泣きそうになってもじもじした。だんだんかわいそうになってきた。
「とりあえず塩ふるから、風呂に行きな」と私が言うと、弟は背中を丸めたまま浮遊して部屋を出て行った。
 キッチンの調味料棚の塩入れには、うっすらとしか塩が残っていない。
 使いきったらお母さんが怒るだろうか? でも、何もしないままなら、そっちの方が怒られるだろう。
 プラスチックの塩入れを持って風呂場に向かうと、弟が鏡で自分の変わり果てた姿を見つめている。
「塩かけるよ」
 弟の返事も待たずに頭から塩を全部ぶっかけた。
 でも全然効果はなかった。
 弟にちょっと味がついただけだ。
 私はため息をついて、ウーバーエクソシストに電話をかけた。

 部屋に戻ってゲームを再開する。
 弟は私の隣で所在なさげに浮かんでいた。
「悪霊に憑りつかれるのってどんななの」と、テレビから目を離さずに聞く。
「すべてがにくい」と弟が言ったので、私は笑った。
「あと30分でウーバー来るから待ってな」
「ううう」弟は獣のような唸り声をあげ始めたので、私は笑った。
 悪霊に憑りつかれている人ってなんでこんなに面白いのだろう。
 私はスマホで弟を撮った。

 チャイムが鳴った。
 玄関のドアを開けると作業服を着たウーバーエクソシストが笑顔で待っている。
「ウーバーです」と言いながらおじさんは背中から大きな黒いバックパックを下す。
「弟が悪霊に憑りつかれちゃって」
「見せてもらっていいですか」
 おじさんをリビングに連れて行く。浮遊している弟を、おじさんはじろじろ眺め回す。大きな黒いバックパックを開けて中から十字架やらお札やらを取り出し弟に近づけてみたりしている。それから塩を出してぱっぱと弟にかけ始めた。いや塩はさっき私がやったよと言いたかったけれどプロの仕事に口を挟むのもなんだなと思い黙っていた。おじさんはハンディー掃除機で散らかった塩を吸い取ったあと、「呪いのビデオですね」と言った。
 まあそんなところだろうなと私も思っていた。
「聖水かけておきます。それで大丈夫なんで」とおじさんは事務的に言う。
 結局弟は風呂場で臭い聖水をかけられ、ひとしきり暴れたあと、いつもの姿に戻った。
 私はおじさんに5,980円支払って帰ってもらった。とんだ出費だ。
 お母さんに請求するしかない。

 玄関のドアが開く音がして「ただいま」とお母さんが言う。
 私は玄関に駆けていって早速言いつける。
「ねえお母さん聞いてよあいつお母さんの呪いのビデオ見て悪霊に憑りつかれたんだよ」
「えっ」とお母さんは驚いたあと、やっぱり笑いはじめた。
 私もおかしくなって笑ってしまった。
「たいしたことなかったでしょ」とお母さん。
「うん、めんどくさかったからウーバー呼んじゃった」と私。
 リビングに入ると、お母さんは背中から大きな黒いバックパックを下して、中から髑髏や蛇の血や禁書や蜘蛛の目玉を取り出して封印棚に並べた。
 お母さんはウーバー魔女をしている。