君のために

 君に家をあげるよ。と言ったおじさんがいた。この家は君のものになるんだ。と彼は酒臭い声で言った。そんなことには絶対にならないんだろうなと私は思った。家しかあげるものがない人が、家をくれるわけがない。それを人に与えたら、何も残らなくなってしまうから。
 君をもっと高い役職にしてあげるよ。と言ったおじさんがいた。君はもっと高い給料を得て、安心して暮らせるようになる。と彼は自慢気に言った。そんなことには絶対にならないんだろうなと私は思った。彼らは人を支配していないと安心できないから、人間の目の前に餌をぶら下げるような真似をする。
 君に新しい店舗を任せようと思っている。と言ったおじさんがいた。その店舗では君が一番偉い、何人もの部下を持つことになる。と彼はまっすぐな目で言った。そんなことには絶対にならないんだろうなと私は思った。彼らは結局、私が欲しいものを何ひとつ与えようとはしなかった。
 彼らはほんのすこし、人間を見る目がたりない。

 私を使う方法を知っている人は、次のような言葉を使う。
「ごめん、たすけて」
 それだけでいい。
「ありがとう、たすかった」
 それだけでいい。