今したいこと

 またひとつ歳をとった。

 つい先日が誕生日で、誕生日だから何かが起こるということでもなく、お祝いのメッセージが数件届いて、感謝の意を表する返信などして、しばらく考え込んでしまい、人生とはとか、時間とはとか、幸福とはとか、中学生のころに考え始め、いまだに考え続けている答えのない問いに回帰し、そうして今の、現段階の答えを出すことが肝要であると、見慣れた思考を軸に据え、そこからどうやってこれから生きていこうか展開する、そのシナリオにもいささかうんざりし、真剣に、何かをみつけなければ、と、脳が探索モードに切り替わり、夜勤明け、睡眠0時間の体で東京高等裁判所に向かい、地下喫茶でホットドッグを食べ、覚醒剤不法所持の新件を傍聴するため部屋に入ると、書記の方がおひとりいるだけで、部屋の中は静まり返っており、席に座って待つこと20分、検察官、弁護人、被告等が現れ、裁判官が現れ、皆で礼をし、裁判が始まった途端、ぼくは疲れ果てて眠ってしまった。眠ってしまっては失礼だと思う意志の力で目覚めようとするものの、何度も意識を失い、そのたびに書記の方と目が合い、おそらく、たぶん、ぼくは相当おもしろい感じで船をこいでいたのだと思う。白目くらいにはなったかもしれない。懸命に起きようとし、ふとももをつねるなど試みたが、それでも眠気が強すぎて起きていることなど不可能で、結局被告人が話していることがよく分からなかったのだけれど、楽しみのために使いました、ということと、もう使いません、というようなことを言っていたことだけは覚えていて、そして、そのどちらの発言にも、またひとつ歳をとったぼくには何も感じられなかった。裁判が終わった瞬間に部屋を出て、すぐ近くの待合室で1時間ほど眠り、帰ろうと思い、エレベーターで一階に着くと、セーラー服の中高生と思しき女性らがなぜかひしめき合っており「見て、傷害致死とかあるんだけど!」「きゃはは」という会話を実際にしており、なるほどなあ、魔女狩りがエンタメだった、というのは本当のことだったのかもなあとか、ニュースって魔女狩りの末裔みたいなところがあるなとか、そんなことを少し考えてもみた。それから電車の中で眠り、帰宅してからは更に眠った。ぼくは生きていて、それからすこし考えていて、考えることをやめ、それからまたすこし考えたりした。ぼくの外にぼくの人生はない。またぼくの中にぼくの人生というものもない。色々な考え方がある。そして考え方の中にも人生はない。人生は結果のことで、過去でも未来でも現在でもない、とぼくは考える。ぼくがどうしたいのか、ぼくはぼくに聞いてみる。今したいことはなんですか。返答はなかなか返ってこないけれど、時間をかけて待っていると、それがゆっくり形になってくる。今したいことはなんだろう。