明日死ぬとしたら

 今日はAさんと少し話した。
 話した、と言ってもぼくはいつも途切れがちに深い沈黙を交えて話すことしかできないのでそのようなことになった。つまり、話していない時間もたっぷりあった。
 ぼくは話していない時間=沈黙に対して耐性があるというか、沈黙を生み出してしまっているのは自分なので仕方ないというか、思ってもいないことをずらずら並べて愛想笑いされたら嫌だなと思うから、だからそれを相手にも求めないというか、それならむしろ沈黙を選んでしまうというか、必死に笑わせようとすると絶望してくるのでそれが出来ないというか、頑張ってる痛々しさが透けて見えてしまうより、まだ沈黙している方がいいというか、そういう感じで沈黙をしているし、つまり積極的な沈黙ではなくて、そしてその沈黙を共有してなおぼくのことを嫌悪したり憎悪したりしない相手としかいることが出来ないのであるが、だからぼくの知り合いはそういう人が多いのであるが、もちろん知り合いの全員がそうではなくてぼくが話す側に回ることが多いという人も中にはいるのであるが、だからぼくは沈黙を共有してくれる人には感謝しているというか、この人はすごいなと思うけれど、沈黙そのものがすごく好きだというわけではない、というか、静かなのは好きだし、沈黙が安らぎをもたらすことはもちろんにせよ、この人と何かを話したいと思う人はいて、話したい時に話せない時、なんか透明な手が心臓をわしづかみにしてむしり取ってくれ。と思う。頭の中にある混沌とした材料が輪郭を失ったまま微生物みたいに好き勝手に動き回っているEND。ゆっくりと画面がフェードアウトしてスタッフロール。
 ぼくはどこまでいってもぼくなのだなと思ったのだけれど、どこまで掘っても私は私というか、どこまで潜っても自分は自分というか、「お前、ほんとにいつも同じこと書いてんな」と昔から文章を見てくれている友人が言ってくれて、本当にその通りだなと思ったんだけれど、ぼくは結局、ぼくが大事だと思うことを書いてしまうわけで、大事なことだからたぶんこれからも同じことを書き続けるはずだし、大事なことというのはそれほど多くはないから、また同じことを書くというわけで、同じことを何度も何度も書いている、という自覚をしているならそれはそれでいいと思っているし、それはぼくの数少ない主張であり、またエッセンスであるのだが、生涯にわたって見つめ続けるテーマなのであると思うが、何回も同じことを書いている、言っているという意識がないままにそれを書きはじめる、言いはじめる、ということの衝撃が凄まじい件。
 透明な手が来て、あっ、これは心臓を取り出されるな、と思ったのでぼくはひとりよがりに死のうと思い、死ぬっていうのはもちろん架空のことなんだけれど、つまり、それくらいぎりぎりになった時、ぼくはAさんと何を話すんだろうと仮定し、というのも、さんざん色々なことを考えて、話題が出なかったので、それでAさんが気にするわけではないかもしれないけれど、明日死ぬ気になって話したらそのときぼくは何を話すのだろうと思ったので「ぼくが明日死ぬとしたら何を聞きますか?」とぼくは聞いたら、Aさんは「それ前にも聞きましたよ」と言って笑っていて、ぼくはその時、透明な手ではなく、赤い顔の鬼の長い一本角が両太ももを真横から貫いたような衝撃を受け、驚き、それからちょっと恥ずかしくなり、そしてにわかに絶望し、ほのかにおかしく、そしてなにより自分にとても落胆し、ちょっと吐き気がしたため、急いでレモンティーのストローにかぶりつき中身を吸い上げるポンプとなりて「えっ!?」と言ったのであるが、えっ!? と確かに思っていて、というのも、前に一度聞いたという記憶がまったくなく、だからぼくは命をかけた仮定でAさんに質問を出来たというわけで、命をかけなければそんなわけの分からない質問をするわけがないから、そういうことは友人にだって家族にだって聞かないし、だから変な質問であるわけであるが、その変な質問を二回していたということは、前にも一度死ぬ気で質問をしたことがある、ということだった。ぼくはそのことに気がついてさらにがっかりし、笑ってしまい、そして落ち込み、結果として本当に近いうちに死ぬとしてもぼくはたぶんAさんにこの話をするんだろうなと思った。命なんて全然関係ないものなのかもしれないなと思った。もっとも効果のない仮定のひとつだと思った。この時何をしゃべるかなんてぼくの命には関係ないことだし、そしてぼくは無意識のうちに死を仮定して、前提して、そして話してみるという思考の癖みたいな部分をすら発見し、ぼくの命のなんて軽い事、ほほっ、ポップポップ、と思ったりした。明日死ぬとしてもきっとこうしてぼくはもがいている。いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのようにしていても、やっぱり同じようにぼくはもがいているだろう。好き勝手に動き回る微生物のように。掘り進んだ先にある化石は、結局いつかのぼくの骨だ。