風の中で本を読む

 多摩川の堤防に座り、エアフォースワンを脱いで揃えて置いた。
 バックパックは逆の方向に置いて、モバイルバッテリから伸びたコードはスマホに繋がっている。
 スマホにはkindleでプロジェクトヘイルメアリーが表示されている。
 目の前には青黒い流れ。水面が光を反射してきらめき、直視できないくらい眩しい。
 春のような暖かな陽射しが黒いチノパンを暖める。顔も熱い。
 背後から吹く風は冷たく、植物を枯らす。枝を揺らし、そっと音を立ててビニール袋を空へ飛ばす。
 コンクリートの冷たさで尻がひえていく。
 両足をまっすぐ伸ばす。かかとが固いコンクリートに触れている。やはり冷たい。
 午後の陽気で目覚めたカゲロウが目の前を縦横無尽に飛び回った。彼らの寿命はとても短い。触れただけで体が砕けてしまうほど弱い。でも彼らはずっとそうやって生き延びている。
 水面を波紋の列が進んでいく。おおきな魚が虫を追っている。
 自然は人間のことなど一切関知しない。
 だから準備が整う。

 読書はひとりでするものだった。ぼくや、ぼく以外がいない場所が、ぼくには必要だ。
 時々、家で本が読めなくなる。
 そんな時は外で本を読むことにしている。
 アウトドア読書にロマンはない。顔に虫が突っ込んでくるし、トイレはないし、とても寒いし、居心地のよい場所を探すのに時間もかかる。
 治療なんだろうなあと思う。
 体によい温泉があるように、外で読書をすると心の中で何かが変わる。
 
 イヤホンから宇多田ヒカルが流れた。
 川岸でひとり読書をしている時に宇多田が流れたらもうおしまいだと思った。
 エンディングである。