競馬場で本を読む日

 小学生の頃、一度だけ競馬場に行ったことがある。
 たしか東北にある競馬場で、獣臭かったことを覚えている。
 競輪場は父に連れられて何度も行ったし、大人になり東京に来てからは社会見学で競艇場に何度も足を運んだ。
 競馬場の経験がやや不足しているように思ったし、東京の競馬場は行ったことがなかったので、本日、試しに訪問してみることにした。
 結果から書くと、競馬場が一番「入りやすい」と思う。
 
 13時頃、府中競馬場についた。東京競馬場と呼ばれている場所だ。
 この府中競馬場では「中央競馬」と呼ばれるレースが開催される。JRAと呼ばれる団体が主催のレースを中央競馬と呼ぶのである。それに対応するようにして「地方競馬」というジャンルもある。これは各地の都道府県が主催しているらしい。野球でいうならセ・リーグパ・リーグのようなものだろうか。ぼくは競馬にも野球にもあまり詳しくないので、「どっちも競馬だしどっちも野球なんでしょ?」くらいの認識しかないけれど、まあ中央競馬の方が大きなレースがあるし、人気のある馬も出馬するんだろうなあと予想している。
 府中競馬場は巨大な建造物で、まるで巨人から町を守る壁のようだった。全体的に非常に清潔で和気あいあいとしており、怖そうなおじさんなどがあまりいない印象だった。カップルや家族連れや大学生風のやさしげな人も多い。その段階で競艇とは随分違うなと思った。競艇場はもう少し寂れているし、どことなくみんな怒っているようにぴりぴりしているし、おじいさんばかり1000人くらいいる。
 馬券の買い方はいつものマークシート形式だけれど、出走表みたいなものはどこにも置いていない。おそらく事前に競馬新聞を買っておかなくてはならないのだろう。競艇場にはその日のレースの全出走表があるので、その点は競艇場の方が優しい。
 府中競馬場は自由席というものがない。あるのかもしれないけれどネットで探してもみつからなかったし、歩き回ってもみつけることができなかった。コースの前と、コースの中央に原っぱがあり、そこに座る分には無料だけれど、五階分もある広大な観客席のベンチは全部指定席だ。競艇場の観客席はほとんど無料である。その点は競艇場の方が優しい。
 しばらく競馬場をうろうろした。老若男女様々な人間がむつかしい顔をして競馬新聞を眺めている。券売機の前のモニタに集まってみんなで同じモニタを見上げて立ち尽くしている。何か呟いている人や、仲間と笑いあっている人達がいる。さっきも書いたけれどかなりフレンドリーな雰囲気で、やくざみたいな人はまったくいない。
 試しに何レースか馬券を買ってみた。9Rは100円負け。10Rは70円勝ち。11Rは100円勝ち。12Rは200円負けだった。全レースの総計130円負けだった。小学生のおこづかい帳のようだ。ぼくはギャンブルがあまり好きではないのでひとつのレースで100円くらいしか使わない。ではなぜ競馬場に来たのかというと、本を読むためである。ぼくにはアウトドア読書という趣味がある。積極的に屋外で本を読もうという試みである。これはぼくの好きなことのひとつだ。
 コースの中央の原っぱに座って、レースが始まるまでの待ち時間で読書をする。競馬も競艇も同じだけど、レースとレースの間の待ち時間がものすごく退屈なのだ。だからじつはレース系ギャンブルと読書というのはすごく相性がいいとぼくは思う。ただ家でごろごろしながら本を読むよりも、外で読む方が刺激的である。ついでに競馬も見られる。
 ハロンボウという有名な食堂のカツカレーを食べて帰ってきた。カツカレーはおいしかった。
 競馬場にはなぜか日本庭園があったり、キッズ用の遊び場が充実していたり、色々と面白かったけれど、ぼくとしては競艇場の方が楽だなと思う。自由席が無いのは少しつらい。
 競馬場のフレンドリーな空気や、様々な人間が入り乱れている気安さは、初心者でも気兼ねなく入っていける雰囲気を作り出している。
 でも、ぼくとしては、くたびれきった競艇場の空気も捨てがたいのである。