エネルギーがまとまりを欠く

 どうもエネルギーが思考性を失って内部で循環を続けることで少しずつ消費してしまうという、あまりよくない状態になった。

 可能性を自身の中で吟味してみるも、特にやりたいことがなく、しかし何かやりたいような気持ちはわりと強いという状況。

 こういう時には、可能性を列挙するより、むしろ可能性を限定した方が良いようだ。ひとつずつやってみる。失敗してもいいので。むしろ失敗を恐れて行動をしない方が本末転倒だった。

 アマチュアのピアノコンクールに行ってみた。クラシックミュージックがぼくは好きだが、ピアノの発表会というのは見た方がない。ぼくはやったことがない事に興味がある。

 家の近所で電動キックボードをレンタルしてホールを目指した。ぼくもシティーボーイになったものだ。電動キックボードは一切疲れないし、時速20キロ出るので、歩くには遠いけどバスで行くのも面倒だ、という距離を移動するにはかなりよい。借りられる場所も、返却する場所も東京にはたくさんある。ただ、夏の暑さはいかんともしがたい。電動キックボードはとても遅いバイクみたいなものなので、楽しいし便利だけど、暑い。

 ホールに着いた。発表の場所を探しながら歩く。階段で地下に降りるとピアノの音が聞こえてくる。音の方へ歩いていくと受付が見えてきた。何か書き物をしていた受付の人に「入ってもいいですか」と聞いてみると「ピアノの曲が終わって、拍手が止まったら入れます」と言われた。ベンチに座り、言われた通りにピアノが終わるまで待ち、拍手のタイミングでコンクール会場へ入ろうとすると、後ろから受付の方がぱたぱたと駆けてきて「すみませ〜ん! こっちです!」と言い、壁みたいなドアの方を開けてくれた。ぼくは間違えて関係者の部屋に入ろうとしていたらしい。

 映画館のように薄暗い会場へ入り、適当な座席に座ると前に座っていたおじさんが「だめだめ、ここだめ」と言いながら前の座席を指差した。「あっ、違います?」と呟きながら前の席に移動した。その間にもう演奏は始まっている。ぼくは審査員席に座ってしまったらしかった。なんだか色々なルールがあるようだが、誰も何も教えてくれないので基本的に体当たりです。何事もそうです。

 アマチュアといえど、皆さん演奏は達者であった。プロとの差がぼくにはわからない。間違えないというレベルではなかった。ぼくからしたら、全員プロだった。きっとピアノをやっている人にしかわからない何かがあるのだろう。

 ぼくが一番興味深かったのは、演奏者の皆さんが、すごく緊張しているのがわかることだ。自分の番号が呼ばれてステージに上がり、ピアノの前で観客と対峙し、一礼する。その時の顔つきは、みんな強張っている。その時に改めて気がついた。この人達はアマチュアなのだ。演奏はとても上手いけれど、人前で演奏することはそれほどない。ショーとしての態度を身につけていない。つまり、普通の人たちなんだ。ぼくはその事に少し感動していた。

 とても演奏のうまい普通の人たち。彼らはプロのように緊張を隠して笑顔を振りまいたりしない。堂々としてもいない。面白い話をしたりもしない。ただとても演奏がうまい。

 それだけではプロではないのだ。