電話を待ちながら

 洗濯機を回しながら電話を待っている。
 いつ鳴るのかは、わからない。しかし大事な電話なのだ。
 上の階で硬いものが床に落ちる音が何度かした。鉄の塊のような、とても硬いものの音だった。そのあとくぐもった人の声がした。落ちたものについて誰かが話しているようなのだが、何を言っているのかはわからない。男と女が話している。次第に女の声が大きくなる。対抗するように、男が太い声でぴしゃりと何かを言い放った。そしてとても静かになった。
 窓を開けた。アイコスの筒に煙草を差した。窓からは空と車の列が見える。殺人事件ではないかと思った。
 男は何かの弾みで客Aの頭をクリスタル灰皿で殴った。倒れた客Aの頭が床を打つ。男はクリスタル灰皿を取り落とす。そこへ共犯の女が現れ「何してんの、計画と違うじゃない」と不平を言う。「こいつが悪いんだ。俺を見くだしやがって」男は死体を見おろしながら言う。二人は静かに口論を始めるが次第にエキサイトしてきて、最後に男が「言い合ってる場合じゃない、こいつを処理するんだ!」と一喝し、二人は床に飛び散った血を拭いているところだ。
 紅茶の入ったマグカップを洗濯機の上に置いてラジオをつける。オカモトズのファンキーな音楽が流れて、殺人に花を添える。洗濯機の振動に合わせてマグカップも振動している。スマホも振動する。慌てて手に取る。
 Zさんからメッセージだ。「最近元気がなかったけれど、写真のおかげで少し元気が出ました」と書いてある。Zさんにはこの間、2023年のカレンダーを貰った。そのお礼として、ぼくは自撮りした写真をプリントアウトした。電動ドライバーを持って007のようなポーズをしている写真と、ヴァイオレットエヴァ―ガーデンを観て号泣している写真と、電動ドライバーを胸の前に掲げて007のようなポーズをしている写真の三枚をZさんに選んでもらった。秋葉原の路上でカレンダーを受取ったあと、写真三枚を見せるとZさんは笑った。号泣している写真がいいと言うので、「燃やしてください」と言いながら渡した。一般人のブロマイドなんて本当にいらない。余ってるカレンダーのお礼としてはちょうどいい程度の笑いだったと思う。
 ペットボトルのラベルを剥がして芥箱に捨てる。キャップを外してボトルを水でゆすぐ。その作業を何度か繰り返していると徐々に無心になっていく。これは清めの行。僧が滝に打たれたり、座禅を組んで瞑想したり、肉体的に苦痛を与えらえるような修行をするのは、ただ経を唱えているだけでは大衆が納得しなかったからなのではないかと考える。寝転がってテレビを観ながら煎餅を食べ尻をかいている坊さんと、質素な食事を摂り境内を掃除し肉体的苦痛な修行をしている坊さんとでは、どちらがより「ありがたい感じがするか」ということだ。宗教には実体がないから、その「ありがたい感じ」を創出し売らなければならない。肉体的苦痛の修行というのはパフォーマンスとして非常にわかりやすい。大変さが誰でも簡単に想像できるからだ。よき幻想というものが人間には必要である。僧侶もアイドルも同じことをしているのかもしれない。手がすっかり冷えきって、その代わりに心がすっきりする。
 電話は来ない。大事な電話なのだけれど、来なければ来ないで問題ない。
 たいして大事でもなかったのだろう。
 スーパーで買ってきた弁当とカントリーマアムを食べてから、サイバーパンク2077とサイバーパンクエッジランナーズに関するインタビューを読んだ。素晴らしい内容だった。熱意に触れるのはよいものだな。熱いものに触れると、ぼくの手もあたたかくなる。