やわらかい毒

 いつも綺麗な格好をしており、言葉づかいも丁寧で、苦しい時にも笑っていて、よく人を助け、誰からも頼られ、慕われているZさんは、女性社員の体を触った疑いで左遷された。ぼくは何度でも何回でも気付かされる。すべての人間は所詮、人間なのだと。そして人間には正常や異常などなく、ある時には正常で、ある時には異常であるというだけのことなのだと。それは満月と新月の違いでしかないのだと。新月の時には夜空に月が無いように見えるけれど、見えないだけできちんとある。ある側面から見ればはっきりと見える事実が、他の側面から見れば全く見えないなんてことは当然のことなのに、人間は目に見えることしか信じることができないの、ほんとに面倒臭え仕様だなあと思う。女性社員とぼくは、竹芝のフェリーの横のベンチに座り、かもめの糞を恐れながら、人の目を恐れずに酒を飲んでいて、そして彼女はぼくにZさんのことを教えてくれた。わたしセクハラされてるかも。そうなんだ、誰に。Zさん。Zさん? 信じられないな、あのZさん? そう、LINE見る? ぼくはLINEを見た。それから、宝石も貰った。宝石も? でも気持ち悪いから触れない。そうだね、海に捨てたらどう。海が汚れるからだめ。そうだね、そうか、嫌な目にあったね。わたしはいいよ、どうでもいい、でも後に入った女の子がそういう目にあって欲しくない。その女の子は気にするかもしれないし、怖がるかもしれない。わたしはZさんの上司にそのことを告げてある。でもきっとZさんには、とくにペナルティは与えられないと思う。なぜなら、わたしのあの会社での立場はとても低いし、Zさんはベテランだから。

 そうしてぼくは今、Zさんと働いている。ぼくは色々な物を見て、色々な話を聞いて、そうしてまたここにいる。人の秘密を抱え過ぎて死んだ子供の童話がなかったろうか。ぼくはずっと前からその子供だ。人々のやわらかい部分から滲み出た毒が、ぼくに人間を思い出させる。