バグとコダックと終了

 スカイリムをしており、洞窟の地下の最奥部にたどり着き、三体の骸骨幽霊ボスを倒して、アミュレットを修復してクリアするぞ! という、明らかに面倒くさそうなミッションの、ボスを三体倒した段階で、おそらくシナリオを進めるための重要人物みたいなキャラクターが祭壇の上に現れ、お話をしてくれるのかなと思っていると、彼はなぜか洞窟の壁に向かってスーっとスライドしていき、壁にめり込んで止まった。そこから動かなくなった。なんだこれ、と思った私は5秒ほどめりこんだキャラを眺めていたのだが、何も進展がないので恐る恐る近寄って話しかけてみるけれど無視され、仕方なく相手を吹き飛ばす魔法とかを使ってみたけれどこれもまったく影響を与えなかった。洞窟の扉はイベントが終わるまでシステム的に固く閉ざされており、出ることもできない。私は進行不可となった洞窟の地下で、壁にめり込んで動かなくなったキャラを眺めながら、永遠に閉じ込められた。ゲームだから、アプリケーションを強制終了させることも出来るけれど、現実だったならこれほど恐ろしく、まぬけな状態もない。もし現実でこのような状態に陥ったら、ころしてほしい。
 バグとチートは、ゲームをゲームだと認識させてくれる最重要要素かもしれない。私はゲーム世界を移動し、戦闘し、冒険するわけで、マルチだろうとリニアだろうと、ゲーム世界の秩序・ルールに則った行動しか許されていない。その中で、冒険によって慣れ、当然となった規則・法則を、バグとチートはあっけなく理不尽に破壊する。宇宙の法則が乱れる。予期せぬ事態に巻き込まれ、ゲーム内の法則の中にいる私ではどうすることもできない。バグやチートは、ゲームの外の力だからだ。システム内の要素ではなく、システムそのものの破綻だからだ。私は、もちろん「なんだいなんだい、せっかくプレイしてきたのに!」と思ってぷんすかしてふてくされて寝る、ということをするけれども、それと同時に「このシステムの欠陥が巻き起こす現象こそがセンスオブワンダーかもしれない」と思う。現実も時々、こんな風にバグる。たとえば先日から、私の住むマンションの階段の手すりに、腐った柿がずっと乗っていて、それをどうも小鳥がついばんでいる。誰が何のために置いたのかは分からないし、全然誰も片付けない。突然の柿は、私の世界観や、私が観測してきた現実には、その文脈からはとても想像することが出来なかったバグだった。不思議だな、と思って毎日、柿が減っていくのを眺めている。
 
 ポケモンコンシェルジュを見て、最高だなと思ったし、見なければよかったとも思った。
 ポケモンコンシェルジュは、リアルな生活に疲れた若いOLが、ポケモンを癒すための施設に転職するという、なかなか渋い設定のアニメで、Netflixで見られる。全四話で非常に見やすいボリュームであり、内容もほんわか、天気はいつも快晴という感じなので体力も気力もほとんど使わずにゆっくり見られる。友人がなんとなくこのアニメの名前を出していたので観たのだけれど、とても良かった。何がよかったかというと、コダックが可愛かった。可愛かった、では終わらせることが出来ないほど、可愛かった。私は本当に久しぶりに「可愛すぎてキレる」という感情を味わった。中学生ぶりかもしれない。
 主人公の元OLは施設でコダックと知り合い、仲良くなる。それなので作中ずっとコダックが出てくるわけなのだけれど、ずっとかわいい。まん丸の目が見開かれたり、小首を傾げて「ほが?」とバカみたいな声を出したり、草むらからにゅっと顔を出してこちらをうかがってみたり、そのすべてが可愛すぎて私は「なぜコダックが現実にいないのか、あるいはなぜ私はポケモンコンシェルジュの世界にいないのか」と現世に対する怨恨が沸々と湧き上がってきて吐きそうになった。私はコダックを抱きしめてあの丸い腹に毛に顔をうずめたい。あるいは頭の三本毛をやさしくつまみたい。あるいはすべすべのくちばしをなでたい。これほどまでに私はコダックを愛しているのに、なぜコダックに触れることさえ出来ないのだ。私はガチ恋という言葉の意味が今はっきりと分かった。好きすぎて苦しい、というよりも可愛すぎて吐きそうだ。全四話を見終わったあと、私は布団の上でコダックとたわむれることばかり想像していた。それから急にポケモン同士を戦わせるトレーナーという存在が憎くなってきた。私のコダックを傷つけるやつは絶対にゆるさない、という気持ちになった。この、布団に入ってからヒートアップしていく思考のせいで私は不眠症なのだけれど、もう体質なので仕方ない。そもそも何故ポケモンたちは戦わねばならないのだ、ポケモン虐待するな! あんなアニメ見るんじゃなかった! と2時間ほどエキサイトしている間に眠っており、朝になるとすべてが落ち着いていた。コダックはかわいいけれど、昨日の熱狂は一体何だったんだろう、と思いながら窓際で電子煙草を吸った。これは私というシステムのバグだった。すごく好き、という感情も考え物だと思う。特に私のように、感情が時々大きすぎる者にとっては。
 
 今日はかなり久しぶりに心療内科に行ってきた。
 睡眠薬SSRIを貰おうと思ったのだけれど、医師に「最近は半分に割って飲んでます」と告げると「じゃもう薬やめましょっか」と軽く言われ、1分で診察は終わった。
 離脱症状を考慮して減量したSSRIを貰ってきたけれど、いったん心療内科ともさよならの気配。
 もちろん、不眠症とは私が死ぬまで戦っていかなければならないのだけれど、未来の事を心配しても仕方ない。
 毎日やりたいことを一生懸命やるだけだ。