自制力のない私がプレーリードッグと遭遇したブックオフの旅 #自分 #熱いココア

 Oさんに2つ、話しかけてみた。
 1つ目は、先日の腹立たしいおじいさんの話。
 あの話のポイントは、私がおじいさんの本質的な問題に気づいた部分にあると思うのだが、それを言葉で伝えるのは非常に難しいと思った(誰かに理解できるとも思えなかった)ので、ロッカーを塞いでいたおじいさんが、牛乳を飲んで帰ってきてもまだ下着姿だった、ということは着替え終わるのに2時間はかかる、というところを話のオチにした。ややウケだった。1年ほどエピソードトークをしていなかったので少し緊張したけれど、久々のわりにはまあまあの成果だったろう。何よりOさんの暖かなリアクション、共感や、一生懸命お話の内容を想像してくれる姿が、私にはうれしかった。
 2つ目は、読書する時どんな場所でしますか、の話。
 私のオーソドックスな読書スタイルはベッドの上でごろ寝しながらというものだが、このスーパーリラックススタイルには問題がある。寄せては返す波の如く寝てしまうんです。このスーパーリラックススタイルは特別なものではなく、たしか西加奈子氏もそういうスタイルだった。動画で見た。他にはスティーブン・キング氏もエッセイで“読書というものは自身が最もリラックスできる状態でするべきだ”と書いていたはずだ。あるいは寺山修二氏だったか、“読書というのは人生の休養期間である”みたいな論旨のことを何かに書いていたと記憶している。入院している時とかにいっぱい本って読むじゃん? という内容だ。私の記憶力はアオドウガネ並みなので正確ではないのだけれど大体みなさんそういう感じだった。私は同志諸賢らの供述を実に頼もしく思い、今までこのスタイルを貫徹来た節があります。
 しかしながら、寝てしまうと読書の成果が芳しくないのでOさんに尋ねた次第。Oさんは同僚の中で、おそらく最も読書に近しい人間であると私は読んでいた。前提として「本ですか、読みますよ」とOさんは述べた。「場所? うーん、家ですね」「そう、喫茶店とか図書館とか、試してみたことはあるんですけど、私は駄目だったんですね。集中出来るって感じじゃなかった。もちろん外に出た方が集中できる人がいるってことはわかりますけどね」「だから家がベストです」「あっ、そうです。椅子に座って、時々はソファーでも読むかな?」「ベッドでは読まないですね。私はベッドでは寝ること以外には何もしないので」
 よいお話を聞きかせてもらった。おそらく私は、自分の『読書場』を作り上げる必要があると考えた。椅子が必要なのだ。椅子に座って本を読む、これを今後の課題にしようと思う。
 
 昼食はインドカレーを食べた。今年はカレー年になる予定だった。
 会社でマップ検索し、昼休みになるやいなやブルシットジョブを飛び出し、青山の路地裏の黄色い看板のインドネパール料理店に入った。すぐに独特な香辛料のかおりがして異国情緒が蠢いた。接客のお姉さんはとても美人の異国の人で、アイラインが長く「あっ、中東の感じのメイクだ! すごい」と思った。鼻が高く眉は少し下がっていて、いつもほんのすこし口元だけで笑っている。そしてとてもとても声がちいさい。リスに話しかけているような感じで話す人だった。
 カレーセットが素早く出てきて揚げ立ての熱いナンをちぎってはカレーにひたし、ちぎってはカレーにひたし、急いで食べた。とてもうまいカレーだった。ジャパニーズカレーは、私はもう充分に堪能したのだ。これからの私はやはりインドカレーにステップアップすべきなのだろう。“居心地のいい場所を離れ広い世界で冷たい風に触れよ! それが始まりじゃ!”と、魔法おばばも言っていた。含蓄と示唆の奥行きがすごい言葉だ。レモングラスは大好きだけれど、今まで食べたことがない黒い小さな苦い粒が入っていて「これはなんだろう」と思った。胡麻より少しだけ大きい苦いだけの粒なんだけれど、なんだろう。別においしくはないのだけれど、でもそのおいしくはないけれど苦い、という味があるということにとても重要な意味がある気がする。ジャパニーズカレーにはそんな苦いだけのものなんて入っていない、それは雑味というか、日本人が秩序の元にカレーを再解釈したからで、本来のカレーにはその苦さがあったのだと思う。インドカレーにはたくさんの味が混在していて、それは秩序とは反対のカオス側の領域にある味だと思うのだけれど、甘さ・辛さ・うま味の他に各種の香草やココナッツミルクや、そして謎の苦い粒が織りなすジャングルだった。ジャパニーズカレーのような統一感・秩序はここにはない。野蛮でカオスで未知の荒野の冒険の味がインドカレーだ。ということを考えました。
 
 あのちゃんのラジオを聴いている。
 あのちゃんはひとりで変なことを言って、ひとりで笑っている。
 気がついた。
「あのちゃんは自分を楽しくする言葉を知っている」
 誰もがそんな言葉を、かつては持っていたはずなのに。
 
 寒い帰り道、スターバックスでおいしい汁を買おうと思った。
 テイクアウトして飲みながら帰る姿を想像すると胸の中の大地からプレーリードッグが顔を出した。
 気がつくとブックオフにいた。
 手に四冊の本を持っていた。
 私には自分を律する力がないと思った。
 バックパックが重くなった。
 自動販売機で熱いココアを買った。
 足りないものは何もなかった。