理想

 理想という言葉がある。
 私にも理想がある。
 理想は旅人です。
 私は旅がすこし好きだ。でもすごく好きだというわけではない。だから理想が旅人ですって変かもしれない。
 変ですね。おほほ。

 しかしながら、理想というものはそういう風に、たぶん今の私とは違うところにあるもののことなのでしょう。
 私が鳥なら、私の理想は魚かもしれません。
 ナチュラルボーンフィッシュなら、私の理想はもぐらかもしれません。
 もぐら生まれのもぐら育ちなら、私の理想は大木かもしれません。
 私は家にいるのが割合好きなので、私の理想は旅人なのでしょう。
 旅人って何をしているんだろう?
 
 私の理想の旅人は、お金がなくても旅を続けています。
 ヒッチハイクや、徒歩などで旅をしています。
 町に入ると「おお、ここが〇〇の町か」と言います。
 それから旅人は町の中を散策するわけですが、町には時々、邪神像が立っています。
 裂けた頭の男や、背びれを震わせる女や、蝉の双子の像などです。
 旅人は不気味な像を見て「不気味だなあ」と言います。
 そこへ小さなロボットのようなものが歩いてきます。
 もちろんそれは人間なのですが、朽ちた自転車や、古いブラウン管テレビの外装や、壊れたスピーカーなどを寄せ集めた服を着ている子供です。
「あんたこの町の人じゃないね」とロボット服の子供は言いました。
「そうだよ。ぼくは旅人なんだ」と旅人は言います。
「そんな格好をしていると殺されるよ」と子供は親切に教えてくれました。
「どうして殺されるんだい」
「どうしてって、人間の格好してるから」と子供は親切に教えてくれました。
「なぜ人間の格好をしていると殺されてしまうんだい」と旅人は聞きました。
「神さまがお怒りになるから」と子供は親切に教えてくれました。
「それはなんという神様だい」
「むぎゅっむぎゅ」
「えっ?」
「むぎゅっむぎゅ」子供は親切に教えてくれました。「人間と分からないようにしないといけないんだよ。うちには服がたくさんあるから」
 子供はすたすたと歩き、振り返って旅人を見ました。
 旅人はついていくことにしました。
 途中で麦わら帽子をかぶったタンクトップの女性が前から歩いてきました。
 女性は旅人を不審者を見る目でじろじろ眺めまわしました。
「あの、すみません。ひとつお尋ねしたいのですが」と旅人は女性に話しかけました。
「はあ、なんでしょう」と女性はびっくりした声で答えました。
「あなたはこの町の方ですか?」
「ええ、そうですけど」
「普通の服を着ていますね」
「えっ?」女性は自分の服にちらりと目を落とし、それから不審者を見る目で旅人をじろじろ眺めまわしました。
「普通の服ですけど、なんですか」と女性はすこし怒ったような声で言いました。
「さっき会った子供がですね、この町では人間らしい服を着ていてはいけないって言うんですよ」
「ふふ」と女性は苦笑しました。
「そんなことはないですよ。みんな普通の服を着ていますね。ふふ」と女性は苦笑しました。
「なあんだ、ぼくは子供にだまされただけだったんだ」と旅人はわざとらしく言いました。
「それじゃあ、私は行くので。むぎゅっむぎゅ」
「えっ?」
 女性は歩いて行ってしまいました。
 
 私の理想の旅人は、変な目に会います。
 不思議な人に会ったり、不思議な町に行ったりします。
 普通の人に会ったり、普通の町に行ったりするのは、理想ではありません。
 普通です。
 旅人は最終的に世界の鍵をみつけて世界のドアを開けて光に包まれて消えます。
 どう考えても実現不可能な気がしますが、やはり理想というのはそういうものかなと考えています。
 理想って変ですね。おほほ。