プラダを着た悪魔を観た

 面白かった。この映画は生涯で4回ほど観た。
 4回とも面白かった。
 
 プラダを着た悪魔という映画はファッション業界の話だ。
 ジャーナリスト志望の若い女性がとても有名で強大な権力を持っているファッション雑誌の一番偉い人のアシスタントになる。
 若い女性の名前はもう覚えていないので仮にハサウェイと呼ぶことにする。ハサウェイは非常にうつくしい容姿をしており、メリル・ストリープの3倍は目が大きい。驚くほど目が大きい。
 メリル・ストリープはファッション雑誌の一番偉い人のミランダ役である。品のいい銀髪と、品のいい悪口がとても似合う、ひとめでボスだと分かるオーラを放つ人だ。
 ジャーナリスト志望であるハサウェイはファッションをすこし見下している。夢を叶えるためにファッション雑誌の仕事をしようと思っただけだ。その反面、ミランダはファッションの権化であり、ミランダこそが世間のファッション観を創造している神のようなもの。二人の間にはもちろん激闘が繰り広げられる。
 ハサウェイは最初、ほとんど人権を持たない。ミランダのオフィスでは名前すらまともに呼んでもらえない。仲間たちからは太っていてダサくてまるで使えないやつという烙印を押される。ハサウェイは有名な大学を出ているし頭もいいし、別にものすごくダサいわけでも太っているわけでもないのだけれど、ファッション業界という小さな村の視点から見ると落第だということ。
 私ははじめて観た時、「なんて嫌な人達ばかりなのかしら! 最低!」と思ったのだが、よく考えてみるとファッション業界の人達が厳しいのは、そこが厳しい人間でなければ生き残れない過酷な環境の村だからだった。そこでは誰もが自分に自信を持つために、高いプライドを保持し続けるために自らを犠牲にして追い込み、日々とんでもない努力を重ねている。だからこそ甘ったれた覚悟で、しかもファッションを大して知りもしないくせに見下しているハサウェイとぶつかってしまう。ハサウェイは徹底的に否定されたあと、だんだんそこにいる人間達がどのような気持ちで働いているのか、どのような夢を抱いて努力しているのかを知るようになり、ファッションを知るようになる。仕事が出来るようになり、周囲の信頼も少しずつ厚くなる。
 しかし、もともとハサウェイと友人だった人たちは、ハサウェイの変貌をよく思わない。仕事をしてばかりで集まりにも遅れてくるし、ハサウェイの服装がとても派手に、うつくしくなっていくことに違和感を募らせる。服なんて人間の本質ではないでしょう? これはハサウェイがかつて属していたコミュニティーの価値観だった。仕事の上達と共に、仕事が私生活を破壊していくこと、犠牲を払うことが描かれる。ハサウェイは揺れ動く。彼氏もハサウェイに愛想をつかす。ハサウェイは激しく揺れ動く。
 という、大体こういう話なのだけれど、4回目の今となってみると、シナリオがどうのこうのというよりも「これは女性向けフルメタルジャケットだったのか」という気がした。フルメタルジャケットキューブリック監督の名作戦争映画であり、おそらく男性向け(キューブリック監督の作品に男性も女性もないけれど)だった。ここでひとつ思うのが、プラダを着た悪魔が好きだという人は、男性でも女性でもやはりフルメタルジャケットを観てみるといいのにな、ということ。結局同じことだ、題材は全然違うし、テーマも違うかもしれないけれど、とても似ていると私は思う。
 フルメタルジャケットはブートキャンプ(新人訓練)のシーンから始まるけれど、ここで起きるのはハートマン軍曹による徹底的な人格の否定、旧来の価値観の破壊だった。どうしてハートマン軍曹がそんなことをするのかというと、これは単純に兵隊の根性を鍛えるためとかそういうことではなく、新しい価値観(人を殺すことが兵隊の役割)を普通の青年達にインストールするには、正常な価値観、生活の中で積み上げてきた常識などを一度叩き壊さなければならないからだ。これはプラダを着た悪魔のハサウェイにも同じことが起きている。というかたぶん、現在の日本でも同じようなことはたびたび起きているんだろうと思う。ブラック企業の教育もおそらくこの手法を用いている。この方法はもちろん人間に多大な負荷をかけるため、中にはついていけない者もいるし、途中でおかしくなってしまうものも現れる。淘汰され、最終的にそのコミュニティーに適したものだけが残る。それはそれで組織の運営の手段ですねとは思うけれど、個人的にはそういう場所にはいたくない。
 何かを得るには何かを手放さなくてはならない。好むと好まざるとにかかわらず。
 ひとつのミスも許されないような環境では、それがより顕著になるということ。
 そういうことを考えた。
 プラダを着た悪魔では、私はすごくおっかない意地悪なボスのミランダが好きだし、フルメタルジャケットでは鬼軍曹のハートマンが好きで、そういうところも似ているなと思う。
 ミランダもハートマンも、厳しいけれど公平だ。
 彼・彼女には女性向けも男性向けもない。
 どんな差別もしない。
 自分こそが世界の中心だと思っているからだ。