この間、業務スーパーで蕎麦を買ってみた。
1パック30円ほどだった。蕎麦を茹でてみるのもいいかもしれないと思った。
村上春樹はパスタを茹でる。ぼくは蕎麦を茹でる。ザッツ・オール。
ところでぼくは料理をほとんどしたことがない。
レパートリーをここに全て記そう。
ペペロンチーノ、目玉焼き、ゆで卵、即席やきそば、ゆで枝豆、ラピュタパン、以上。
ラピュタパンというのは食パンの上に目玉焼きとベーコンが乗っているパンのことで、正式名称は知らない。我が一族ではずっとラピュタパンと呼んでいた。ぼくのラピュタパンは家族の間でかなり美味しいと好評だ。コンビニに勤めていた頃、実務でラピュタパンを何百枚も作ったので商品レベルのものが出来ると自負している。
ペペチに関しては乳化がうまくできない。何回やってもうまく乳化しない。それからにんにくの香りが飛びがちでお店みたいに濃い目のにんにく味になかなかならないのでまだ技術レベルは低い。でもなんかのっぺりした家庭的なおいしさのペペチはできる。間延びした美味さ。
そんな低レべクソザコ料理人のぼくなので、蕎麦をちゃんと作れるか不安だった。
蕎麦を買って帰り、めんつゆが無いことに気がついた。あと水切りのザルもない。
ぼくはすこしほほえんだ。
低レベルって話じゃない。
無だ。
朝ごはんはフルーツグラノーラかカロリーメイトゼリー。
晩ごはんは食べ歩きか弁当だからそもそも調理器具が小さい手鍋一個しかない。
そもそもキッチンがワンルームあるあるの超狭小キッチンなので作業スペースもない。
なんなら食器もない。
蕎麦を2日ほど冷蔵庫の中で眠らせた。その間、ぼくはどうしたら今の装備で蕎麦を食べられるか考えていた。
めんつゆやザルを買うという選択肢はなかった。買ってもどうせ使わない。
夜道をとぼとぼ散歩している時、ふと思いついた。
釜玉うどんの蕎麦バージョンならすべての条件がクリアできる。
釜玉そばだ。
茹でたそばに卵と昆布だし醤油、頭の中で味の組み合わせをシミュレーションしてみる。
うまっ。絶対うまいじゃん。
ぼくは天才かもしれないと思った。
帰宅して早速手鍋で湯を沸かす。
沸騰した湯に蕎麦二玉を投入、湯が冷めるので再び沸騰させて1分待つ。ここまでは蕎麦の袋の説明書通り。
茹で上がった麺の湯切りをする。鍋蓋で鍋を覆い、わずかに隙間を広げ湯を落とす。ここで失敗すると試合終了なので慎重に湯切る。二三本麺が脱走したけれどそこそこ湯切りは上手くいった。ザルほどは水気がなくなっておらず麺がややふくらんでいるけれど、試しに一本食べてみたらカップ焼きそばの麺くらいの湯切り具合で、まあいいんではないかと思われた。これがざるそばとかならさっと湯がいて全力湯切りして氷で冷やしたりしないと麺が締まらないのだろうけれど、どうせ生卵に絡めるのだから気にしなくてよい。
鍋の中の麺に直接生卵を一個投入し、ぼくのお気に入りの昆布だ醤油をぶっかける。ワイルド過ぎるけれど絶対うまいやつだと思った。部分的に混ぜて食べてみると全く味がしなかった。初心者の失敗料理って味しないよね、と言っていた調理師の知人の言葉を思い出した。ほんとに味しないね。
生卵を二個追加し醤油の量も倍増させたらどんどんうまくなってきた。でもこれ釜玉そばというより、たまごかけ蕎麦だ。食えるし、なんかふんわりちょっとだけうまいけれど、たまごかけ蕎麦だ。たまごかけ蕎麦はなんとなくほのかにうまい。でもなんだろう、釈然としない。もっとかなりおいしいはずだったんだけれど、想像よりはおいしくはない。何かが足りないんだなと思い、のりたまをかけてみたらまるっきりのりたまの味になった。のりたまってめちゃくちゃ強キャラだったんだ。
たぶん、ねぎやしょうが等の薬味があればもうちょっと雰囲気が出るはず。
それから醤油も、昆布だし醤油でもいいけれどカツオ系の醤油が正解なのではないか? にぼし系ではない気がするな、などと推理もはかどる。ぼくが想定しているのははなまるうどんの釜玉だ。醤油が気になりはじめたのでネットで調べてみたらあごだし(トビウオ)醤油というのもメジャーらしかった。なめてみたい。
料理のレパートリーがひとつ増え、いつでもたまごかけ蕎麦が作れるようになった。
とても楽しかったし、まあまあちょっとうまかった。
でももう作らないと思う。