imissyou

 9時にアラームで起きた。窓の外は淡いグレー。秋の朝はいつもそう。古いスプーンみたいにくすんだ色。めまいがする。部屋を見渡す。よく片づけているから、綺麗になってきた。ベッドの中から見えるものが、ぼくのすべて。
「もしかして外黒さんって、死に場所を求めているんじゃないかって。あのね、端っこに行きたがる人って、ちょっとメンタルが変になっていることがあるから、ちょっと心配で」と彼女は言った。
「ぼくが本州最西端で身投げするかも、というような」
「そう、端っこだから。死に場所を求めてさまよっていたんじゃないかって」
「そんなの、侍じゃないですか。ラストサムライじゃないですか」
「令和のラストサムライ……」
 彼女も笑う。
 しかし、そういう側面はあったのかもしれない。足を滑らせて崖から落ちても、それはそれでよかったのかもしれないな、とぼくは思う。
 枕元の本を手に取って広げる。蟹が出てくるホラー小説で、馬鹿らしさと愛らしさで出来ている。蟹は巨大化して人間を食べ、肉団子にする。主人公は蟹を愛して、そして蟹を壊したいとも思っている。蟹の行いは純粋な悪ではない。生き物は、自分以外の生き物を食べなければ、生きていくことが出来ない。
 携帯電話が震える。机の上で、周期的に震動している。もう、ぼくに関係のある連絡は、どこからも来ないはずなんだけれどな、と思う。携帯の画面には、元先輩の名前が表示されている。2日おきにこの人から電話が来ている気がする。その名前を見つめながら、一体どういうつもりで電話をしているのだろう、とぼくは考える。
「俺たち、よく電話するよね」と元先輩は赤い顔で言う。
「ええ、そうですね。週一くらいで話しますね」とぼくはジョッキを傾けながら答える。
「恋人じゃないですか」と元同僚が楽しそうに笑う。
 震動が止まる。本棚の隅から隅まで目を走らせる。好きだなと思う。洗濯機の上に置いてある鉢はカモミールで、威勢のよい何本かだけが生存している。ほかの芽はとうに枯れ、埃のようになって、土に還ってしまった。あとかたもなく。
 ベッドに横になる。起き上がると窓の外は濃紺。夕暮れを過ぎて宵の口。目覚めたばかりの体が熱い。「なんだったかな」と呟いた。「なんだっけ」
 何を忘れてしまったのかが、もう思い出せない。
 鍋を洗って、水を茹でていると、不意に思い出した。
 父が死んだのだ。
 15年前に亡くなった父が生きている夢を、何百回も見ている。
 だから、分からなくなる。
 生きているのが夢なのか、死んでいるのが夢なのか。
 目覚めるたびに、ぼくは大切なひとを失う。