悔しさ

 悔しいという気持ちはとても不快で、自信を喪失させ、生きる意欲を奪う。
「このぼくに悔しさを味わわせやがって、必ず復讐してやる、必ず!」という思考が重荷で、疲れる。
 だから、悔しさを感じないように生きてきた。
 高校生くらいから、悔しさを感じそうになると、そもそもその対象から距離を取るようになった。
 そうすれば、悔しくないし、憎しみも感じない。平和な気持ちでいられる。
 自分より上手い人というのは無数にいる。というよりもむしろ、世間一般の人間は、大概のことがぼくより上手くできるようだ。
 悔しい事ばかりだから、たくさんのことから距離を置いている。
 その結果、ぼくはいま、何も手にしていない。
 
 FPSというゲームをしていると、悔しい気持ちになることがとても多い。
 本当に腹が立つ。ストレスで全身に鳥肌が立ち、独り言が増え、煙草も増え、世の中全てから馬鹿にされているような気分になり、これから先どんな物事もうまくいかないという確信が芽生える。
 FPSというのは、鉄砲をばんばん撃って敵を倒すゲームで、強い人はとてつもなく強い。
 フィールドで目が合った瞬間に倒されている。何か不正を行っているのではないかと思われるほどだ。
 一番悔しいのは、同じキャラクターを使っている相手に、ぎりぎりで倒されることだ。
 背後から撃たれたり、二対一でぼこぼこにされたりは、あまり悔しくない。
 同じ土俵で、同じ性能で、同じくらいのランクの敵と真正面から撃ち合って、敵のHPが少しだけ残ってるのに倒しきれなくて逆に倒された時、もうこのゲームは向いてないから辞めようと思う。
 とても落ち込む。全然うまくなってない、成長ゼロだ、こんなゲームは時間の無駄だ、と思う。
 悲しい気持ちになって、めまいがしてきて、布団に横になる。
 横になっても心がまったく落ち着かない。負けたシーンが脳裏にこびりついている。悠々と去っていく敵の誇らしげな背中。
 上手い人のプレイ動画を見て研究しようなどと思うも、上手い人のプレイが上手すぎて落ち込む。
 この人は、人生の何百時間かを使って上手くなったんだ。ぼく程度が参考にできるレベルじゃない……となってプレイ動画も消す。
“諦めたらそこで試合終了ですよ”と誰かが言ったらしい。
 諦めるので試合終了でオッケーです、とぼくはぼくに宣言する。
 いつもの流れだった。

 今日もFPSをしていて、なかなか勝てなかった。
 敵チームが強すぎる。MVPはひとりで40人もキルしている。ぼくはたったの25人だ。チームに貢献できていない。お荷物だ。回数だけはこなしているからレベルだけは高くなっているけれど、レベルに見合う実力が無い。どうすれば勝てるか考えているうちに胃が痛くなってきた。ゲームっていうのはもっと楽しいものではないのか、ストレスを溜めたら本末転倒ではないのか、とゲームの意義に立ち返るような思考ムーブさえ起こった。こんなにイライラするゲームなんて辞めた方が絶対健康的じゃないかしら。一体なぜ人は争うの。無益な争いは辞めよう。NO WAR。もう誰にも悲しい思いはさせたくない。ぼくは“戦いの螺旋から降りる”ことにしよう。ゲームを辞めようとしたところで、でももう一回やりたいなと思ったので、新しい対戦を探すボタンを押そうとした、その時、
「なんだかんだ言って、どうせやるんだから強くなればいいのに」と思った。

 ああそうか、ぼくは悔しいのは大嫌いだけれどゲームは好きだ。弱いけどゲームは好きだ。だからゲームはしたい。悔しくなりたくないだけなんだ。
 ゲームをやって悔しい思いをしないためには、ふたつの道がある。ひとつはゲームから降りること。これはぼくがずっとやってきたこと、安定の道。もうひとつは、誰にも負けないくらい強くなること。これはぼくがやろうとしてこなかったこと、修羅の道。誰にも負けなければ悔しくなんかならない。でもそのレベルに達するまでには、長く辛い修行が必要になるだろう。でもまあ、悔しいという気持ちがあるなら、挑戦してみてもいいのかもしれない。負けて悔しい気持ちになりたいという人間は、きっといなくて、勝っていい気持ちになりたい、という人間が普通だと思うけれど、だからぼくは普通の人間になろうかな。
 
 どうすれば強くなれるのか考えた。ネットでも調べた。
 まずは倒されなければいい、ということが分かった。がむしゃらにプレイしているとそんなことさえ考えられずに突撃してしまう。敵を倒すだけが強さではなく、生き残るのも強さなのだった。今までなら、弱った敵が逃げていくとその後を追って仕留めようとしてきたけれど、深追いをしないようになった。敵が二体現れたら、一目散に逃げるようになった。そうしているうちに、あまり死ななくなった。逃げて、隙を見て撃って、逃げて、仲間が来たら一緒に突っ込んで、敵が押し返してきたら逃げて、遠くから撃って、近づいてきたら逃げて、逃げて、生き延びて、1秒でも長くフィールドにいるのが目標になった。練習マップで1時間、射撃の練習をするようになった。練習をしていると心がなごむ。練習をすればするほど、生き残ることができる。
 最も重要なのは、生き残ると悔しくない、ということだ。敵に倒されるから悔しいのであって、敵からうまく逃げられると悔しくない。倒されないようにしよう、という一言で、色々な考え方が変わった。
 
 悔しさは不快だ。でもその感情は、自分を良くするためのきっかけなのかもしれない。
 悔しくなりたくないから、色々なことを学んだり、試したりする。
 悔しいから、またやろうと思う。今度は負けないぞ、と思う。
 悔しさも、そんなに悪くない。