VTuberと話した

 VTuberは画面の中で踊っている。
 人型の光の集合体である。
 VTuberはしゃべる。
 とてもよくしゃべる。10時間以上しゃべり続ける者もある。
 VTuberに触れることはできない。
 霊体である。この世にあって、この世にない。
 VTuberは楽しませる。
 視聴者にエンタメを提供し、金銭を受け取っているのである。
 VTuberとは何か。
 スーツアクターやシャーマンの一種である。
 
 ぼくは人間である。
 主にスーパーマーケットや書店に出没するが、珍しいものではない。
 あまりしゃべらない。一日中しゃべらなくても何ら痛痒を感じない。
 見栄えのよくない肉体を有している。目立った特徴といえば頭が大きいくらいである。
 ぼくは視聴者にエンタメを提供しない。そもそも、ぼくに視聴者というものはない。
 ぼくとVTuberはまったく違う文脈の上に成り立っている。
 そのVTuberと話すことになった。
 
 よく見ているVTuberのコラボカフェが開催されるというので、予約をした。
 抽選をするというメールが届き、何日か経った頃、落選のメールが届いた。
 落選したなら仕方ない。ぼくはしばらくコラボカフェのことを忘れていた。
 忘れた頃に友人からメッセージが届いた。一緒にコラボカフェに行こうとのこと。友人は2名の予約枠で当選したらしい。
 特に断る理由もないので行くことにした。楽しみだった。
 件のVTuberがカフェの一日店長として現れ、視聴者とお話をする日だった。
 どんな話をするのだろう。ぼくは色々な想像をした。
 
 当日になった。
 ぼくはVTuberがデザインしたTシャツを着て、グッズのぬいぐるみを鞄に入れた。
 髪型をセットし革の上着を着てスリムな黒のチノパンを履いた。それから窓際で煙草を吸った。
 家を出た。電車に乗って渋谷に向かった。待ち合わせには遅刻した。太陽がまぶしかったから。
 コラボカフェの前に着くと、チョッキを着てネクタイをしたおじさんがぼくをじっと見つめた。
 友人と待ち合わせをしており、友人は先に入っている旨を伝えると「オーライ」とおじさんは軽快に言った。
 客にオーライっていう人を始めて見た。愉快な人だ。
 友人が迎えに来てくれて、予約した席に案内してくれた。
 会場はファミリーレストランくらいの広さで、照明はほどよく落ち着いていた。二人用の対面テーブルがずらりと並んでおり、席はすべて埋まっていた。壁際にVTuberのグッズが飾ってあった。一番奥に巨大なスクリーンが設置してあり、VTuberのゲーム配信が流れている。
 静かだった。これほどたくさんのファンがいるのに、それほど楽しくなさそうだった。息を殺してじっとしている。
 あとから気がついたのだけれど、おそらく彼らの多くは一人客だ。対面で見知らぬ人と座らされている。
 ぼくはスタッフに注文票を貰い、フードとドリンクとデザートの全てをオーダーした。
 料理が来る前に、巨大スクリーンが喋った。
 VTuberが現れた。
 
 VTuberは挨拶をした。集まったファンにお礼を言った。それから緊張していると言った。
 ファンは笑った。拍手をした。立ち上がっている人もいた。さっきまでの静寂が嘘のように、熱気が高まった。
 スタッフがデザートを持ってきた。最初にデザートが届いたけれど、それを食べた。
 VTuberはファンに話しかけた。どこから来たの。昨日の配信見た?
 ファンは答えた。海外から来ている人がいた。子供連れもいた。男も女もいた。VTuberのどこが好きかを言った。恥ずかしがっている人がいた。堂々としている人もいた。むっつりしている人もいた。はきはきしゃべる人がいた。もじもじしている人もいた。ファンも緊張していた。
 ぼくは届いたピラフを食べていた。なかなかおいしかった。
 VTuberがご飯おいしい? 誰か食レポしてよ。と言った。
 スタッフがマイクを持って会場を回った。ぼくはスプーンを置いた。
 何人かのファンが答えた。自ら手を上げている人もいた。ファンはご飯がどのようにおいしいかを伝えた。どこかで食べたことがある味だ、とファンが言った。VTuberは笑った。
 ファンに料理が届き始めた。ファンの多くは料理を食べ始めた。
 VTuberは、ねえみんな楽しい? 本当に楽しんでる? と言った。それはVTuberの口癖だった。ファンは笑った。
 VTuberは、じゃあ次は一番憂鬱そうな人、と言った。
 スタッフがマイクを持って会場を練り歩く。スタッフはVTuberの無茶な注文に苦笑していた。
 スタッフはぼくの友人の後ろに立った。それから申し訳なさそうにぼくにマイクを差し出した。
 マイクが回ってくることを、ぼくはなんとなく予感していた。
 あの会場で一番憂鬱そうな人といえば、ぼく以外にはいない。
 ぼくはどこにでもいる人間だが、ぼくの静けさは特異点だ。
 
 私がデザインしたTシャツ着てるね、とVTuberは言った。
 ぼくは笑った。
 そのTシャツ、ちょっと気持ち悪いね。とVTuberは言った。
 でも好きです、とぼくは言った。
 なんか言うことある? とVTuberは言った。
 ぼくは配信の終わりのコーナーが好きなんですが、とぼくは言った。
 そうなの、ありがとう。とVTuberは言った。
 あれはどうやって考えてるんですか、とぼくは言った。
 あれはねえ、いつも即興で考えてるんだけど、最後にリスナーさんを爆発させればいいかと思って。とVTuberは言った。
 なるほど、とぼくは言った。
 いつも見てます、とぼくは言った。
 ありがとねえ、とVTuberは言った。
 話しかけてみると、みんなちゃんとファンなんだねえ、とVTuberは言った。
 ぼくはスタッフにマイクを返した。
 友人はぼくとVTuberの会話の一部始終を録画していた。
 友人はよかったねえ、外黒ちゃん! と言った。
 ぼくは冷汗をぬぐいながら、うんよかった、と言った。
 
 VTuberはその後もしばらくファンと話し、時間が来ると消えた。
 ぼくと友人は料理を食べたり、VTuberが見ているというカメラに手を振ったりした。
 行動力のあるファンが会場の全員に配っていたお面を返したりした。
 ラストオーダーを終えて会場の全員がレジに向かって長蛇の列を成した。
 ぼくは列に並びながら、とても複雑な感情が自分の中に生まれていることに気がついた。
 レジ待ちの時間を利用して、ファン同士が記念撮影を始めた。
 ぼくと友人は食事の代金を支払った。ぼくはマグカップとTシャツも買った。
 友人が、次はポケモンセンターに行こうと言った。ぼくは、行こう行こう、と言った。
 歩きながら考えていた。いつもひっきりなしに何かを考えていた。
 ぼくは何をしたんだろう、と思った。
 嬉しくないわけではない、嫌いなわけでもない。
 ただすこし、さみしい。