元気に楽しく生きていれば

 あまり言葉は整理していない。
 
 お年寄りに望むことが「元気に楽しく生きていれば」のみであること、絶望だなと思う。
 文字通り、望みが無いに等しい。かなしくなってしまった。生きていればそれでいい、と思って生きて来たし、生きていればそれでいいよ、と他者に対しても思ってきたけれど、それは相手にまだ未来があるということを前提にした生であって、それは「生きていればいいこともあるだろう」という意味を含んでいた。どのような現在・未来であろうと、少なくともゴールまではまだ遠いんだから、生きて前に進もうと思えるだけでひとまずはよしとしよう、と思っていた。その言葉の根拠はもう死んでしまった人達の無だった。
 しかし、ただ単純に長生きしてくれと願わずにはいられないお年寄り達への「元気に楽しく生きていれば」は、その言葉しか本体のない、それ以外には本当に何一つ願うことがない、何も期待していない言葉だった。「元気に楽しく」がすでにとても難しい現象であることはわかりきっている。でも、その生活の基本的な模範的な願望を課してしまうのって、相手を人間扱いしていないような感じがした。当たり前の人間に「元気に楽しく」なんて望まない。ぼくだったら「やりたいことをやりたいように」とか「好きなことを死ぬほどやれ」とか、そういうことを望む。元気に楽しく、は生活の感情の中でもボトムを支える根本的な感情であるように思うから、健康第一は言わずもがなにしても、それにしても、人間にかける言葉じゃない。家畜にかける言葉だ。
 ぼくの田舎では、この三連休はとてもよく晴れたらしい。母から謝罪のメールが届いた。私が心配しすぎたせいで、という内容で、眩暈がしてきた。とてもかなしい。とてもかわいそうだ。だから、めそめそするなこの年寄りが! という気持ちでもなければ、引きずられてしまいそうになる。ぼくまでめそめそしそうになる。事実、ぼくは目がくらんでいる。それではいけない。あまりにも疲れすぎる。ぼくはおじさんなのだ。これから何十年か自分の力で生きなければならないのだ。様々な問題を抱えた、このぼくの力でだ。おばあちゃんみたいに過去を思ってしくしく泣いてなんかいられない。かなしいだとか、かわいそうだとかの気持ちは、ぼくをとても弱くする。共感はぼくを悲しくさせる。弱い生き物が生きていけるようにはこの世界はできていない。だからみんなつよくなろうとする。つよくなればかなしい思いをしなくてすむかもしれない。でもそんなことは、おばあちゃんには関係のないことだ。これから死んで行く者に対してどんな言葉をかければいいのか?
 
 湖のほとりのハイキングコースに行った。
 東京近郊の目立たないコースだった。地獄だった。
 駅からハイキングコースまで徒歩で1時間40分ほどかかった。この時の道は、ただの歩道だから面白みは特にない。田舎の変わり映えのないぱっとしない道を歩いているだけだった。濃密な枯れ木、時折見える湖の照り返し、遠くの青銀の山々。澄んだ空気、看板が腐り落ちた喫茶店、土に還りかけた自転車、泥が詰まった菓子パンの袋、手書きの「渡し舟」の看板、若者が刻んだ無数のタグ。
 とある村を抜けるルートを歩いていると、どこからともなく奇妙な音楽が流れてきた。音の出所を探ると、山の頂上の小さな遊園地から流れてきていた。園内の放送が山に反射してこの村に降り注ぐ。最悪だなあと思った。この村の人は、1年中あの奇妙な音楽を聴き続けているのだ。バレンタインデーでもクリスマスでも、ラブレターを書いている日でも期末テストがある日でも、父と母が離婚した日でもおばあちゃんが死んだ日でも、あの愉快で奇妙な音楽が流れている。最悪だなあとぼくは思う。
 迷いながら歩いていると正面から登山姿の人間が何組か断続的にやってきた。目立たないハイキングコースを選んでいたから驚いた。こんなところにまで来るのか、東京の登山客は、と思った。正直、しょうもないなと思った。ぼくは早速登山をやめたくなった。ひとりになるために登山に行くのに、東京の山でひとりになったことがない。この人達にとって登山はスポーツなんだって最近わかってきた。タイムが何分で、みたいなことを書いているブログがあってそう思った。登山計画をたてるための情報なんだろうけど、でもタイムのことを気にしたらもうスポーツなんだろうと思う。ぼくの山感とはまるで違う。
 登山道をみつけた段階でかなり疲れていた。登山道の入口には目立たない看板が立っていた。登山道はなぜかいつもとてもみつけにくい場所にある。それをみつけることが最初の試練になる。登り始めてすぐに後悔した。急こう配の階段がぐちょぐちょにぬかるんでいて滑りやすいし靴が泥まみれになった。急な角度の階段がずるずるの状態って、めちゃくちゃ危険なので注意深く進んだ。とにかく序盤からずっと激坂が続いていて、しかも景色が深い森の中ばかりで全然面白くなく、修行に使うコースみたいだった。階段を登り切っても急こう配は変わらず、手すりのロープが垂れている岩場が多かった。心臓が破れそうになった。丸太がベンチのように横たわっていたので座ったら尻に何か刺さった。よく見ると細いへなへなした枝が這っていて、枝には赤い小さな棘が生えていた。大自然の悪意を感じた。目を凝らして尻を見ると赤い棘が何本かズボンに突き刺さって折れていた。自然は人間に優しくない。山は汚いしきついし気持ち悪いものがたくさんある。でもやっぱりそういう山がぼくは好きだ。ぼくをどうでもいいと思っている山がぼくは好きだ。
 展望台という名前の場所まで登った。小さな人口の見晴らし台があるところだった。そこに到着した瞬間に目の前にひとりのおじさんが現れた。まったくぼくとおじさんは同時に見晴らし台に到着してしまった。気まずかった。ぼくはベンチにさっさと移動して鞄を投げ出して水を飲んだ。その隣のベンチにおじさんが移動した物音がしたが気まずかったので見なかった。おじさんはカメラで何かを撮っているようだった。目の前は森が開けていて湖と湖岸の町が一望できた。このハイキングコースで本当に唯一の見晴らしだった。おじさんは一通り写真を撮り終えると一休みもそこそこに展望台を去った。ぼくは靴を脱いでベンチにあぐらをかいてぼうっとしていた。風が冷たくて風邪をひきそうだったけれど空はこの上なく青かった。ベンチに寝転がって青空を眺めると視界が全部青になってぼくは青空に向かって落下していた。空に落ちていく感覚がおっかなくなって目を閉じた。この山ではほとんど登山客とすれ違わなかったけど、急こう配の連続+見晴らし0なら人気がないのもわからないではないなと思った。立ち上がり来た道を文字通り走って帰った。道が本当に面白くないので駆け下りた。途中で疲弊した登山客とすれ違った。彼は両手を膝に乗せ上半身を支えて息を切らせていた。さっきまでのぼくの姿だった。ものすごくきついコースですよね、とぼくは話しかけたくなった。きついだけで面白くない、まるで修行みたいなコースですね、とぼくは話しかけたくなった。でもぼくはスピードを緩めずに山道を駆け下りた。きつねになったみたいだった。

 

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