余白

 休日。何もしないことに決めた。
 5時30分にアラームが鳴った。布団から体温が逃げないよう、そっと起き上がる。テーブルのスマホをタップする。そっと横になる。達成感でわくわくしてきた。誰も私を止められない。
 布団の中で無重力を感じながら「アレクサ、ニュース」と告げる。
 アレクサはニュースを読み上げる。私はニュースを聞くふりをしながら足の親指を伸ばしたり曲げたりしていた。特に意味のない行動をしていると思考が研ぎ澄まされ、脳が少しずつ目覚めてくる。覚醒は願望を呼ぶ。歌が聴きたくなる。
「アレクサ、宇多田ヒカルをシャッフル再生」
 宇多田ヒカルは歌い始める前に「ふぅ~~ん、はっは~~、おぉ~~ん」みたいなことを言う。布団の中で感覚が研ぎ澄まされている私には、その歌未満の衝動的メロディーが面白い。暗い部屋で寝ながら宇多田と「おぉ~~ん」などと言い合う。よい気分だ。
 ひとしきり歌唱した後、観たいアニメがあったことを思い出した。テーブルの上からマウスを持ってきて、再び布団に潜り込み、腹の上でクリックしてマウスは枕の横に置いた。寝転がりながらアニメを見た。なんだか難しいアニメだった。ハードSFというのか、脚本にSF作家の名前がある。私は難しい話を聞くと眠くなる性質だ。普段なら眠るまいとしてコーヒーでも淹れるところなのだけれど、今日は何もしないと決めていたし、今は都合よく布団に中にいる。いつ眠ってもいいんだ、と思うと解放感で胸がいっぱいになり、秒で寝た。ぼんやりと目覚め、眠る前のシーンまで戻してアニメ鑑賞を再開し、再び寝た。それを何度も繰り返していた。夢と現を行き来している時間は雲の上を漂っているかのような気持ちよさがある。
 気がつくと太陽は高く登り、窓から正午の光が差し込んでいる。そうなればこちらのものだ。朝よりも部屋があたたかくなっているから、布団から出ることが可能。
 分厚いもこもこの靴下を履く。マグカップで熱いコーンポタージュを作る。窓の外では騒がしく車が行き交っている。世界は今、まどろみを脱し、はっきりと目覚めている。
 私は明るい部屋の中をぐるりと見まわし、コーンポタージュをすべて飲んでしまうと、靴下を脱ぎ捨てた。
 そして布団に帰った。
 時間は充分に残っていて、私は何もしなくていい。
 今日は休日。