ぼくとyさんは、業務が終了すると、すばやく身支度を整え、だらだら廊下を進み、ブースに施錠をして職場を去る。
エレベーターまで暗い絨毯を歩きながら、他愛ない会話をする。目がちかちかする、とか。仕事の出来栄えとか、コンビニの棚に並んでいるような、ありふれた会話だ。
エレベーターを降り、広いロビーを足早に通り過ぎて、再びエレベーターを降り、扉が開くと夜の帷の降りた静かな庭である。干からびた円形の噴水の横を二つの影が進む。駐車場のフェンスの奥に喫煙所はある。ぼくは電子たばこを、yさんはたばこを吸う。空は真っ暗で、目を凝らすと、とびきり明るい星だけがにわかに瞬いている。風が吹くと工事中のビルにかかったブルーシートが不規則に振動し、草食動物のいななきに似た音を放った。
ぼくとyさんは相変わらず他愛ない会話をする。あるいは、何も話さない時間もある。すると、祖母が大切にしていたフランス人形のような、存在感のある静けさが訪れる。まるで真空の中にいるかのような、もこもこした静けさ。
灰皿に煙草を捨てる。水の出ない噴水の横を二つの影がよぎる。大通りに出たのも束の間、狭い階段を下りることになる。人がすれ違うためには、体を横にしなくてはならないほど狭い。階段を降りると壁一面に設置されたスクリーンの中で、スーツ姿の男が働いている。仕事の出来そうな彼は、休むことなく、何度でもデスクに向かう。
天上の低い湿った通路を進むと、目の前に改札が現れる。ぼくとyさんは、それまで長々と続けた会話を、きれいにまとめる。その鮮やかな幕切れに、ぼくはいつも感心してしまう。改札までの距離と、お話のボリュームと速度と、そのすべてを丁寧に計算したクローズ。打ち合わせもなく、人間はそういうことをする。
お疲れ様でした、と笑顔で告げる。そしてぼくたちは、翌朝までお互いを忘れる。