勝手に怖がる、勝手に好きになる

 毎日シャワーを浴びる。
 バスタブの中に立ち、頭からざばざばお湯をかぶっていると、時々背中をすーっと冷たい風が吹き抜けることがある。
 バスタブの真上にある換気扇から外の空気が入って来たのだろう。
 それは分かっている。それは分かっているのだけれどあるとき私は怖い想像をしてしまった。
 換気扇ん所から女の人(幽霊)がつめたい吐息を吹き込んでいるのである。
 私は怖かった。怖いからそんなことをしないでくれ! と思った。しないでくれもくそもないのだけれど、そう思ったんだから仕方ない。
 その想像をしてからずっと女の人(幽霊)のことが忘れられなくなり、風が背中を撫でていくたびに思い出し、天井の換気扇を見上げることが出来なくなった。見上げることが出来なくなったとて、生活にはまったく問題がないのだが。

 換気扇の女の人(幽霊)の想像をしてから1年ほどが経った。
 1年経っても時々、女の人(幽霊)は私に冷たい風を吹きつけてきた。
 私はだんだん慣れてきてしまった。
 大体、何が怖いというのか。女の人(幽霊)が換気扇から顔をのぞかせていて、私に風を吹きかける。そうか、別に、いいじゃないか、という気がしてきた。
 百歩譲って本当にそういう女の人(幽霊)がいたとして、その女の人(幽霊)は一体なぜそんなことをしているのか。私のシャワーシーンを覗いている意味はなんだ。冷たい風を吹きつけてくるのは何が目的なのか。答えはひとつしかない。
 私に好意があるのだ。そうとしか思えない。奥ゆかしい女の人(幽霊)なのだ。そうでなければ言葉をかけるとか、壁一面に手形をつけるとか、長い髪の毛をバスタブにまき散らすとか、もっと幽霊らしいアピール方法があるはずなのだ。それをしないでただ背中に風を吹いているだけなんて、むしろ乙女だ。私に振り向いてほしいけれど恥ずかしくて声をかけられないのだろう。まったく。
 百歩譲って考えるならそうなのだ。無論これは私の想像に過ぎず、女の人(幽霊)は存在しない。換気扇の乙女は存在しない。
 存在しないのか。なんだか残念な気持ちになってきた。
 
 いや、残念な気持ちになっている場合ではない。もうひとつの可能性について思い至ってしまった。

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